Yahoo! BBにみるソフトバンクの“崖っぷち”

【国内記事】 2001年7月2日更新

 「Yahoo!BB」に続き,東京めたりっく通信を傘下に収めたソフトバンク(速報を参照)。とかく,インフラ事業に関しては話題先行で実績に乏しいと言われてきた同社だが,今度ばかりは“本気”らしい。

 Yahoo!BBでは,回線料金は月額990円とこれまでにないレベルに抑え,ISP料金を含めてもユーザーの負担は一月あたり2280円(モデム買い取り時)とした。これは,他社のADSLサービスはもちろん,フレッツ・ISDNなどのサービスも色あせて見えてしまうレベルだ。Yahoo!の知名度と価格訴求力を最大の武器に,年内100万人加入,5年後までには3000万人のユーザーを獲得するという。孫氏の言ったことがすべて実行されれば,国内の通信事情は一気に改善され,日本は世界トップレベルのインターネット大国になるだろう。

 ヤフーでは,公式な申込者数を明らかにしていないが,先々週行われたソフトバンクの定時株主総会で同社の孫正義社長は「一晩で日本の累積ADSLユーザーを超えた」と発言したという。日本のADSLユーザーは,5月末時点で約18万人。つまり,一晩で20万近い申込者数を記録したもようだ。ADSLの潜在需要を一気にかき集めてしまった感がある。

コスト構造に対する疑問

 Yahoo! BBは,価格やスピードはもちろん,対象エリアとその規模において,NTT東西地域会社の「フレッツ・ADSL」に真っ向からぶつけたものになった。アクセス回線は下り最大8Mbps,電話局と電話局を結ぶ中継回線は1Gbpsクラス,関連会社であるアジア・グローバルクロッシングの国際回線を利用して世界中と結ぶ。

 一方,余分な出費は極力なくす方針だ。Yahoo! BBでは,宣伝広告にYahoo! Japanサイトのみを使い,マーケティング費用は限りなくゼロに近いレベルに抑える。ユーザーサポートは3分150円の有料とし,宅内の工事もDIYが基本。オプションの宅内工事(8800円)には30分という制限時間が付く。それ以降は従量課金だ。初心者層が大挙して申し込むであろうサービスとしては疑問も残るが,サポート費を上乗せした価格であれば,ここまでのインパクトは生まれなかっただろう。

 また,オプションの宅内工事を先着100万人は無料にするキャンペーンも桁外れ。費用の大きさもさることながら,加入者100万人以下のサービスは考えていないという,同社の姿勢を強調する結果となった。

 しかし,そのコスト構造に疑問を投げかける声も多い。

 ADSL事業に詳しいあるアナリストは,「200万人以上の加入,一時的にかなりの額のキャッシュアウトに対する余裕,インフラによる収益は当面度外視,yahoo!が持つ既存の設備,コロケーションスペース,運用部隊の流用など,さまざまな要因を考慮すれば,あの価格でもぎりぎりいけるのでは?」と分析する。ただし,それには「さまざまな部分で強気な仮定をすれば」と注釈が付くという。

 実際,買収した東京めたりっく通信の負債は約40億円,当座の運転資金などを含めれば50〜60億円規模の支出になると見られている。100万人工事費無料キャンペーンにかかる費用は,単純計算で88億円。また,Yahoo!BBに使う機材を確保すべく,同社は既に100億円規模の発注をかけたとも聞く。その上で毎月数億円単位のインフラ投資を続けなくてはならず,損益分岐点となる300万人ユーザーを獲得するまでの今後数年間,ADSL事業は厳しい懐事情が続きそうだ。

 NTTをはじめとする競合事業者がADSLの全国展開に向けて邁進する中,何故ソフトバンクは身を削るような戦略を採ったのだろうか。

崖っぷちの判断

 これまで,「タイムマシン経営」を軸に米国製インターネットサービスの輸入に邁進してきた同社だが,ドットコムバブルの崩壊はインターネットビジネスの脆弱さを浮き彫りにした。日本の貧弱なインフラの上で,単に米国で成功したビジネスモデルを持ち込むだけでは成功できない。「ナローバンドでは,ユーザーはお金を払ってまでコンテンツを見ない。しかし,ブロードバンドなら収益を上げることができる」(孫氏)。

 一方,イーズ・ミュージックで思惑が外れたこと(既存レコード会社がレーベルゲートを設立して対抗)などで,ソフトバンクは新規参入組に対する既存事業者の風当たりの強さを思い知ったようだ。また,世間の期待を集めたスピードネットがなかなかサービスにこぎ着けず,東電との不仲説まで浮上する。盛大な発表で株価だけをつり上げ,実際のサービスは付いてこないという状況に,周囲の風当たりがきつくなったのは想像に難くない。既存の有力事業者と手を組むという戦略は,海外企業にこそ有用だが,既に国内に基盤を持つ事業者とはうまくいかないと気付いた。Yahoo! BBが,ソフトバンクグループのみで計画されたことは,それを物語っている。

 下表に,ソフトバンクがここ数年間に設立したブロードバンドインフラ関連企業を挙げた。2000年後半は,BBテクノロジーの前身であるエックステージの発表以来,1年あまりも沈黙期間がある(この間も他事業の発表はある)。この1年間,ソフトバンクはインフラ事業の新しいビジネスモデルを模索していたはずだ。

1999年8月 東電,MSとスピードネット設立を発表
2000年3月 スピードネットの経営を巡り,東電との不和を報道される
2000年4月 光アクセスを手掛けるアイ・ピー・レボリューションを設立
2000年5月 スピードネット,商用サービスを延期
2000年5月 xDSL事業者のエックステージを設立
2001年3月 スピードネットへの出資比率が10%台に下がる
2001年4月 英nSineと合弁会社設立,電灯線アクセスに参入
2001年5月 スピードネットが本サービス開始
2001年6月 低価格のADSLサービス「Yahoo!BB」を発表
2001年6月 東京めたりっく通信を傘下に

 株式市場の信頼を失ったソフトバンクは,崖っぷちに立たされている。「発表するだけで実績の伴わない企業」というイメージを払拭し,ユーザー数というはっきり目に見える形で実績を残す必要がある。Yahoo! BBは,滞りなくサービスを開始し,継続して提供しなければならない。仮に目算を誤り,後から料金を値上げするような事態に陥ったなら,米国のADSL事業者たちと同様,消費者に見放されるだろう。

 あるアナリストは,Yahoo! BBを「ソフトバンクが将来のインターネット市場で地位を確立するための大きな賭け」と評した。失敗すれば,莫大な損失のみならず,市場の信頼も地に落ちることになる。百億円単位の支出を既に決めてしまった同社は,この事業を成功させなければ大きくなる機会を失う。それは「ソフトバンクが,ベンチャー企業を脱却するための賭けでもある」という。

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[芹澤隆徳,ITmedia]

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