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ようやく広がり始めたチベットへの道 まだ見ぬ地に馳せる思い
チベットアクセサリーは上海っ子のおしゃれアイテム

 チベットから遠く離れた上海でも、少しずつチベットが身近に感じられるようになってきた。若者が集まるストリートでは、チベットから出稼ぎにやってきた商人らが道端で大きな布を広げ、手作りの雑貨を並べて販売している姿をよく目にする。近代都市に突如現れたチベット族たちの姿も、初めこそ多少の違和感を感じたが、今ではすっかりお馴染みの光景。個性派ファッションを楽しむ上海の若者にとって、民族色の強いチベットアクセサリーは他人との差を付けるおしゃれアイテムとなっているようだ。

 上海一のナイトストリートと呼ばれる衡山路にはチベットバーがオープンした。天井や壁、装飾品からドアのノブに至るまでチベット一色の店内で、民俗音楽や踊り、郷土料理を楽しむというスタイル。幻想的なムードに浸りながらお酒とおしゃべりに興じるという新しいナイトスポットの登場は、新し物好きの上海人の心をうまく捉えている。

 チベットの雑貨を扱うショップをオープンさせた安徽省出身、23歳の牛萍萍さん。チベットを1週間掛けて旅行し、都市に暮らす人々と全く異なるチベット族の素朴でシンプルな生き方に感銘を受け、上海に戻ってからチベットに関する書籍を読みあさったという。

現在残っている上海のチベット雑貨ショップは、独自のセンスが光るブランド展開がされている店ばかり(左)、チベットを崇拝する牛萍萍さんが手掛けたショップ「西蔵工坊」には、ラマ教の信者が評判を聞きつけて訪れることもあるという(右)

 「彼らの深い宗教観に関しては、少し勉強した程度で理解し切れるものではありません。でも間近で五体投地する教徒を見たときの衝撃は忘れられませんし、人々から発せられる生臭さのようなものが、今でも脳裏に焼きついています。目の前に広がる風景だってそう。抜けるような青空、澄みきった空気――同じ中国なのに、目に映るものすべてが違う。そのあまりのギャップの大きさに惹きつけられたのかもしれません」

 牛さんのように、チベットに魅せられてショップを開いた人々に共通するのは、ショップを単なる商売の場所ではなく、チベットの文化を共有し、体感できる場所として構えているということ。タルチョで覆われた店内には、現地で撮影した写真やタンカと呼ばれる仏画を飾り、ラマ教音楽を流し、ラマ教寺院に漂う香りと同じお香を焚く。チベットに流れる独特の空気を再現し、自らが現地で感じ取った思いを少しでも伝えようとしているのだ。

部屋のインテリアとしてチベット仏画を購入する人もいるとか(左)、チベットの仏画や雑貨は鮮やかな色合いのものが多いので若者にも受け入れられやすい(中央)、チベット雑貨ショップに一歩足を踏み入れればそこには異国の情景が広がる(右)

 「近年、上海にもチベットの文化が入ってきた理由に、交通の便がよくなったことが大きいと思います。列車は50時間以上かかるとはいえ、車内の環境が以前よりだいぶ改善されたことで、上海に来て商売をするチベット族の商人が増えてきました。上海発ラサ行きの直行便も就航し、短期間でのチベット旅行も可能になりました。閉ざされていたチベットとの通路が、少しずつ広がり始めているんですね」

 民族アクセサリーショップを経営する上海人の陶然さんは、十年前にチベットを旅行した友人からお土産にアクセサリーをもらって以来のチベット雑貨ファン。

 「数年前、上海にチベット雑貨を扱うショップがいくつかオープンした時期がありました。中国雑貨にはない色合いやデザインに人気が集まったのでしょうね。でもその頃オープンしたお店で今でも残っているのは、チベット雑貨に独自のデザイン性を加えたブランド展開をしているお店です。チベットのアクセサリーは、素材にしてもデザインにしても手の込んでいないものが多い。チベット雑貨が当たり前に手に入るようになり、少しずつ物足らなくなってきたのでしょうね。さらに洗練さを加え、より価値を上げてしまうところが、上海らしいですよね」

チベットアクセサリーの原型を留めながらも現代風のアレンジを効かせたデザインが多い(左)、「個性的なデザインの多いチベットアクセサリーは現代ファッションのアクセントとしてもピッタリ」と陶然さん(右)

 陶さん自身、まだチベットを訪れたことはないが、いつか何カ月もの時間をかけてゆっくりとまわってみたいと話す。

 「本当に行ける日が来たら、きっとカメラなんて持たずに行きます。だってチベットのあの光景が、カメラに写しきれるとは思わないですから。自分の目と心にしっかり焼き付けようと思っています。いくら交通の便がよくなったとはいえ、時間的にも金銭的にもチベットへ行ける人はまだ少ない。中国人にとっては海外へ旅行するのと同じような感覚です。顔も思想も風習も全く異なったチベット族に対し、神秘的なイメージを抱き続けることで、まだ見ぬ地への思いがますます膨らんでいくのかもしれませんね」

取材・文/石崎 梨枝