ミトコンドリア遺伝子の反乱により、愛する女性の人格が乗っ取られる――。映画「パラサイト・イヴ」のスクリーンに映し出された女優・葉月里緒奈のはかない美しさは、「+D Style」読者世代なら記憶に残っているだろうか。 |
当時、原作者の瀬名秀明さんは東北大学薬学部の現役大学院生だということで話題になったが、同作品の研究室シーンの監修を行ったのが、ミトコンドリア研究の第一人者であり、現在、日本医科大学大学院で医科学研究を行っている太田成男教授である。 ゾウリムシやミドリムシなどとともに、理科の授業で習った記憶があると思う“ミトコンドリア”だが、改めて聞かれて、その働きをすぐに答えられる方はそう多くはないのではないだろうか。 2007年に東京書籍から発行されている「生物 I」の教科書では、 |
もともと、そのミトコンドリア研究の権威であった太田教授の研究範囲は、現在はアンチエイジング医学の分野にまで及んでいるのだという。アンチエイジングというと“美容”のイメージが強く、科学的な細胞研究との関連を意外に感じてしまうが……。 「私が研究の道に入った30年前は、“細胞”と“病気”と“健康”は、それぞれがバラバラに独立している分野でした。けれども研究が進むうちに、からだの健康はそれぞれの“協調”によって成り立っているという研究成果を得るようになったのです。そのことを一般の方々にも知って欲しいとの願いから活動を行っています。アンチエイジング医学は、最近では加齢制御学とも呼ばれ、ここ5〜6年の間に注目されてきた新しい分野です。医学的根拠が怪しいものも含めてさまざまな情報が錯綜していますが、細胞研究の分野で信用と実績を積み上げてきたからこそ、正しい知識を多くの方にお伝えできるのだと思っています」 “科学は実用されてこそ光り輝く”をモットーにしている太田教授は、今年、水素分子(H2)の研究により、医学界では最高峰の学術誌「ネイチャー・メディシン」にて論文を発表したほか、第1回世界アンチエイジング医学日本会議では特別講演を行うなど、広範囲での活動を行っている。 「最近、再編集して新潮文庫から出版した瀬名秀明博士との共著は、通常の医学書でしたら定価が1万円は下らない密度の内容を、620円で出版しているんですよ。1冊でミトコンドリアの基本がすべてわかる、たいへんお得な本です(笑)」 |
メタボリック症候群にダイエット、老化やがん、認知症にも関わる細胞小器官ミトコンドリア。だが、その真の姿は意外に知られていない。そして難病ミトコンドリア病についても……。 |
そんな、気さくな太田教授に、さっそく、今からできるメタボリック対策をうかがってみた。 「メタボリック・シンドロームとは単なる肥満のことを指すのではなく、正式名称を“内臓脂肪症候群”といいます。内臓脂肪が増加すると、血管を守るホルモンの分泌が低下し、動脈硬化や心筋梗塞、糖尿病の重大な原因となってしまいます。とはいえ、内臓脂肪だけを減らせばいいというものではなく、代謝のバランスを健康な状態に戻していくことが大切です。脂肪の燃焼が酸素によって助けられているのは、多くの方がご存知のことと思いますが、ミトコンドリアは細胞の呼吸に重要な役割をもたらしていますので、その働きを助けることがメタボ対策につながるんです」 |
そのためには急激な運動や食事制限よりも、基礎代謝を上げることが重要なのだそう。 「私も外で人と会って食事をすることが多いため、食事管理はなかなか難しいのですが、食べる量を少し減らすよう心がけています。残す勇気を持つことは大切ですね。また、自分にとってややハードに感じるレベルの無酸素運動と、ウォーキングのように、ゆっくりと体内に酸素を取り入れられる有酸素運動とを交互に行うのが効果的です。 |
1951(昭和26)年、福島県生まれ。東京大学大学院修了。スイス・バーゼル大学研究所研究員、自治医科大学助教授を経て日本医科大学教授。専門分野は分子細胞生物学、ミトコンドリア学。著書に「ミトコンドリア病」(共著)など多数。 日本医科大学大学院医学研究科 |
取材・文/似鳥 陽子
撮影/永山 昌克