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ソニー、「音作り」の哲学を語る(1/3 ページ)

» 2004年04月30日 10時09分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 70年代から80年代前半にかけて盛り上がったオーディオブーム。その中にあって、ソニーは「ESPRIT」の名で知られた高級オーディオ専門の事業部を持ち、その品質に対する誇りを持っていた。実際、ESPRITブランドで発売された当時のオーディオ製品は、ソニーらしい「技術的なユニークさ」と「品質の高さ」を兼ね備えていた(*1)。

 しかし、ピュアに音質を求めるオーディオブームの終焉後は。並行して立ち上がったジェネラルオーディオ――誰もが手軽に楽しめる一般向けのオーディオ製品たち――が、ソニーのビジネスを支えていくことになる。現在ではほとんどの人が、“オーディオメーカー”としてのソニーを、ウォークマンや小型コンポなど、ジェネラルオーディオのブランドとして捉えていることと思う。

 これは何もソニーに限った話ではない。日本の大手家電メーカーすべてが歩んだ道でもある。少数派になったオーディオ品質にこだわるユーザーたち――いわゆるピュアオーディオ層は、日本製から海外製のオーディオ機器へと目を向けるようになった。高品位の音質を求める市場が縮小した今、オーディオ品質を突き詰めることは、日本の大手企業が目指すべきテーマではなくなってきたとも言える。

 では、ソニーは本当に“高品質オーディオ技術”というテーマを捨てたのだろうか?

 これはここ数年、僕がソニーを取材する時に、常に疑問を感じてきたことだった。ソニーのトップに取材すると、ことあるごとに「われわれはAVベンダーとしての『得難い経験』と『ノウハウ』を持っている」という発言があった。今はオーディオではなく、“オーディオ&ビジュアル”の時代だが、その両方に対し、純粋にエンドユーザーが納得する品質を持ち得ることが、ソニーの強みなのだという。

 ではどのようにして、その強みが製品に生かされているのか? それはAV機器ベンダーとしての本質的な競争力の強化に、本当につながっているのか?

 このテーマは、ソニー1社に限った話ではない。薄型テレビ、ホームシアター、デジタル技術を駆使したビデオレコーダー――これらの製品を生み出す日本のメーカーが、その背景として、どれほどAV機器ベンダーとしての基礎体力を持っているかは、エンドユーザーにとっても興味深い話だろう。

 そこでソニーを皮切りに、50万円以上の比較的高額な国産AVアンプを開発・販売する日本メーカーを取材してみることにした。PCあるいはその周辺技術を起源とするデジタル製品は、AV機器の領域に踏み込もうとしている。一方、AV機器もPCを起源とした技術をベースに生まれ変わろうとしている。IT業界とは異なるアプローチから成っているAV機器の開発は、AVとITが融合する今後の製品動向を占うヒントが隠れているかもしれない。

音質とは「創るもの」

 今回、取材を受けて頂いたのはソニー・ホームオーディオカンパニー・コンポーネントオーディオ事業部AVエンタテイメント部商品設計1課シニアエレクトリカルエンジニアの金井隆氏と、ソニーEMCS木更津TECHAVビジネス部門 商品設計部設計1課の松村茂男氏だ。

 金井・松村両氏は、昨年10月に発売されたソニーのマルチチャンネルインテグレーテッドアンプ(一般にはAVアンプの方が通りがいいだろう)の「TA-DA9000ES」の開発に携わっていた。金井氏はプロジェクト全体の統括と音質面、松村氏は設計を担当した(「TA-DA9000ES」のレビュー記事こちら)。

ソニーのハイエンドAVアンプ「TA-DA9000ES」

 「どんなアンプ、オーディオ製品も、回路や筐体を設計し、試作機を組み上げた段階で良い音が出ることはないんですよ。例外はありません。最終的な音質は試作が出来上がった後、細かなチューニングを経て決まっていくものなんです」と金井氏。

 金井氏はオーディオブーム最盛期の1978年、大学時代から趣味で創っていたオーディオアンプ作りに魅せられてソニーに入社して以来、オーディオ畑を歩んできた。入社時の面接時から、ソニーでアンプを創りたい、とアピールしていたそうだ。

「TA-DA9000ES」のプロジェクト統括と音質面に携わったシニアエレクトリカルエンジニアの金井隆氏

 その金井氏は入社4年に満たない時期に、ESPRITブランド以外のプリメインアンプとしては最上位機種となる「TA-F777ES」の開発プロジェクトを任されるまでになった。しかし、それが悩みの始まりだった。

 初めてのリーダー作に、金井氏は学生時代・そしてソニー入社後を通して得た知識をすべて使い果たし、自分の能力で設計できる限りのアンプを設計。試作機を完成させた。ところが、その試作機のテストに訪れた、当時ESPRIT事業部所属の先輩に「おー、初めてにしてはなかなか。ベースとしてはいいんじゃないか? いい製品になるよ」と“褒められた”。

 しかし「いい製品になるよと言われても、当時の僕にとってはそれがすべてだった」(金井氏)。持てるすべて出し切って、考えられるアイディアは全部詰め込だ製品。なのに、それが“ベース”にしかならないという。それ以上どうすれば良いのか分からず、悩みに悩んだ上、心身症を患ってしまった」と金井氏は話す。

 「結局、どんなにすばらしいと思えるアイディアや技術、部品を使っても、最後に良い音質だと思える領域に持って行くには、トライ&エラーによる地道な開発が不可欠なんですよ」(金井氏)

 例えば、信号が通る内部配線を移動させただけでも、あるいはシャシーへの固定方法、固定強度、ビスの数、締め付けトルク、シャシー素材、シャシー補強の入れ方を変えただけでも、音は変わる。一つ一つは小さな変化でも、それが組み合わさると、とんでもなく酷い音になってしまう場合さえあるのだ。


*1 現在の製品にも付けられている“ES”は、ESPRITとは無関係だという。

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