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どん欲なまでの技術指向が生んだ“忠実な音”〜パイオニア(3/4 ページ)

» 2004年07月22日 12時33分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 「試聴現場などでAIRSTUDIOSの作業を見てカルチャーショックだったのは、彼らが道具を使ってセッティング出しをしていることでした。レーザー測量機で距離を測り、音圧計でレベルを合わせてセッティングを出す。名門スタジオというと、妖怪のように音を聞き分ける熟練したエンジニアが、経験と勘を元にセッティングしていると思っていたんですが、全く違っていました。しかも、この非常に細かなセッティングの違いが、サラウンドサウンドにおいて大きく音質に影響します。AIRSTUDIOS側から、セッティングに関して自宅でまでこんな作業はしたくないし、普通の人はここまでセッティングで音が変わるとは思っていない。なんとか自動でできないものか。そう相談があったのが最初でした」

 いくら音をチューニングした理想的なアンプでも、ユーザーが実際に利用する部屋の環境やスピーカーの特性が異なってしまうと、最終的にユーザーが聴く音は変わってしまう。AIRSTUDIOSで作られた音を再現するために、自動音場補正機能は必要なものだったのだ。

 その後、AX10iではサラウンドチューニング用DVDを添付、AX10Aiでは測定する音を時間軸で分割し、直接音に対しての理想的な周波数補正値を導き出す「Advanced MCACC」へと発展する。サラウンドチューニング用DVDは調整用信号の入ったマルチチャンネルソフトで、これを用いることで1センチ単位の細かなスピーカー位置調整をアマチュアでも行うことができる。

 小野寺氏は、「自動で補正するのは第一段階。次にアンプとしての音が良くなければならない。そして最後に、自分の耳で追い込むチューニングの手法を提供してあげること。そのすべてを組み合わせることで、AIRSTUDIOSの音を家庭でも再現可能になります」と、セッティングの追い込みにこだわる理由を話す。

 また興味深いのは、AX10シリーズも3代目になってなお、他社のように自由度が高く周波数特性をフラットにするパラメトリックイコライザー(PEQ)ではなく、グラフィックイコライザー(GEQ)を用いている点。これには明確な理由があるという。

photo AX10シリーズの3代目「VSA-AX10Ai」。製品には、学習機能付きの大型タッチパネルリモコン、セットアップマイク、リファレンスキャリブレーションディスクが付属する

 「MCACCは、周波数特性を補正すると行っても、たった9バンドのGEQではフラットにはならないと言われます。しかし、開発を始めた当初は20バンドぐらいのGEQや、より柔軟な補正ができるPEQも検討していたんですよ。ところが、あまり細かく補正を行いすぎると、マルチチャンネルで再生した時には、かえって都合が悪くなるんです。そこでMCACCでは、完全にフラットな特性に補正するのではなく、周波数特性を“整える”程度にしました。9バンドという数は、そのためにちょうどいいバンド数なんです」(小野寺氏)。

 ステレオの場合、スピーカーが2本しかないため、位相ズレによって音が打ち消し合うケースは少ないが、多数のスピーカーに囲まれるマルチチャンネル再生では、位相ズレによって音場が薄くなる場合がある。

 「パイオニア社内には以前から、マルチチャンネル研究会という組織がありました。この研究会では何年も、マルチチャンネル環境下での音質調整やセッティングのノウハウを収集していましたが、そこの研究成果でも、たくさんのスピーカーを用いた場合の位相差問題が議論されていたんですよ」と小野寺氏。

 実際にAdvanced MCACCで調整し、自宅の環境で試聴してみたところ、自動補正のままでも変にあっさりとした部分が生まれることなく自然な補正結果を得られた。また、その副産物だと思われるが、補正後もフロントスピーカーが本来持っている味が、あまり損なわれない。好みのスピーカーの音色を保ったまま、周波数のバランスがほどよく補正される。

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