コラム
2004/07/26 09:39 更新


キーボードにこだわる理由を考える (1/3)

筆者はキーボードのコレクターではない。にもかかわらず、使用可能にあるキーボードが7台、うち5台は1万円を超える。ゼイタク者に見えるだろうが、そこにはやむにやまれぬ事情がある。そしてつい先日も、東プレの「キャパシティブ・コンパクトキーボード」を買ってしまったのだ。

 筆者は、キーボードのコレクターではない。だがうちには壊れたから買い直したというわけでもなく、使用可能状態にあるキーボードが7台もある。気が付いてみれば、そのうち5台は1万円を超える、普通の感覚からすればゼイタク品である。

 こんなにキーボードを買い込むのは、モノカキが商売だから、というのはあまり理由にならない。いくらなんでもキーボードなんて、1PCにつき気に入ったモノが1台、せいぜいスペアでもう1台あれば済むことだ。ではなぜそんなことになったのか。今回はその理由を考えてみたい。

書けない怖さ

 文章を書いて食っているニンゲンにとって何より怖いのは、「書けなくなる」ことである。職業としてお金をもらって書く以上、書いたモノはなるべく多くの人に読まれ、面白いと思われなければならないという“使命感”がある。そしていつしかその重圧に押しつぶされて、ネタはあるのに、それを系統立てて文章という形に変換することができなくなる。

 この状態に落ち込んでしまうと、本当に苦しい。何度も書き出しの一文を捻ってはDeleteするといった繰り返しだ。これがドリフのコントなら、くしゃくしゃに丸めた原稿用紙で部屋中が埋まっているような状況である。編集者が後ろに座って、「先生まだですか! もう締め切りはとっくに過ぎてるんですよ!」とでも言ってくれたり、あるいはいっそのことホテルに缶詰めにでもしてくれたりすれば、まだ前向きにモノゴト進んでるかなという救いはある。

 だが筆者の担当の場合、「休載したいんですけど……」とメールすると、返事はなく、まったくの無反応だ。無反応。これは怖い。「了解しました。また来週お願いします」とでも返事が来れば多少は落ち着くのだが、真っ暗な闇の中に一人で放り投げられたような、「疎外感+孤独感+負けドッグ感」のまっただ中に叩き込まれるのである。

 人間のもっともプリミティブな部分は、尽きることのない好奇心と向上心だと思っている。昨年生まれたばかりの娘を見ていると、特にそう感じる。そして人間にとって一番こたえるのが、「自分は期待されていない」という感覚を味わうときなのだろう。リクルートのエンジニア系転職情報サイトの調査によると、働いてみたい企業の条件として、「技術力や仕事を正当に評価してくれる」が52%だそうである。

 裏を返せば、相当数のエンジニアが、自分の仕事が正当に評価されていないと感じているということになる。自分が期待されているという実感は、正当な評価の次に来るものだ。期待されているという前提条件すら感じられないのでは、働いていても辛かろう。

 一見お気楽そうに見えるフリーランスの世界もまた、シビアである。新聞や雑誌のような紙媒体と違って、Webでは誌面に穴が空くということがない。だから〆切や文字数は比較的フレキシブルだ。

 しかしコラムが連載ペースから転げ落ちても、何の保証もなく、単に来月からギャラが振り込まれなくなるだけだ。書けない自分が悪いのだが、これは怖い。そして多分そんな時に、筆者はふらふらと新しいキーボードに手を出してしまうのだ。

 新しいキーボードを使うとき、そのタッチや微妙な配列の違いから、いつも少しながらのとまどいを覚える。だがその新しい指先の感覚になじむべく、なるべく多くの文章を書いてみたくなる。そうすることで、「書けない」という気持ちの落ち込みを、すくい上げているように思えてならない。

キーボードのキャリア

 キーボードのタッチにこだわる人とこだわらない人の差は、おそらく良いキーボードを使った経験があるかどうかに重要な関係がある。最初に使ったキーボードが大したものでなくても、入力はできる。そして次に使ったものもそんなものなら、おそらくキーボードというのはそういうものだということで、納得してしまうだろう。

 だが自分で選んだわけでもなく、会社のPCや業務専用機として比較的長い期間上質のキーボードを使った経験があると、今度は自分で適当なキーボードを購入して使ったときに、その差の大きさに、がくぜんとすることだろう。筆者の場合がまさにこれだった。

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[小寺信良,ITmedia]

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