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サーバ型放送の「未知数」

» 2004年08月26日 12時00分 公開
[西正,ITmedia]

 テレビ放送をリアルタイムのストリーミングでは見ないという視聴傾向が強まってきた。これを受け、タイムシフト、VOD、サーバ型放送と新たなサービスが続々と登場してきている。未知数も多い段階だが、現状の論点について検討してみよう。

タイムシフトとオンデマンド

 VTRの登場以来、テレビ放送をリアルタイムで見ることなく、タイムシフトで視聴することが可能となった。

 技術の進歩に伴って、そうした新たな視聴形態を促進するようなサービスが次々と登場してきており、今はサーバ型放送が注目を集めている。サーバ型放送とは、視聴者宅にあるHDD(ハードディスク駆動装置)を搭載した受信機に、放送局からストリーミングで送られる番組が蓄積されていくようになっており、その中から視聴者が好きな番組を選んで視聴するというものである。

 タイムシフト視聴を可能にする機器としては、HDDやDVDレコーダー、および、そのセットされたもの(以下、これらを総称してデジタルレコーダーとしよう)が単体としても売られており、普通のテレビ受信機に接続して使うことができる。これらはVTR機器を高度化させたものと言え、さまざまな形のタイムシフトサービスを提供できる。

 また、有線役務利用放送事業者などが中心になって提供しているVODサービスでは、事前に大量のコンテンツを事業者側のサーバに用意しておき、ユーザーが好きな時に取り出して(オンデマンド)視聴することが可能だ。

 これらは“視聴者が見たいときに見られる”という点ではいずれも類似したサービス形態だ。違いはコンテンツデータの“蓄積機能”が、事業者側に置かれているのか、視聴者側に置かれているのかという部分にあるということができる。

 デジタルレコーダーの利用者は、自分の意思でタイムシフト視聴したい番組を、予約録画のような形で蓄積しておくわけだが、サーバ型放送の利用者にとっては、蓄積された番組すべてを視聴するわけではない。放送されていたことに気が付かず見逃してしまった番組などは、後から、オンデマンドで取りにいって視聴することになる。その意味で、サーバ型放送とは、タイムシフトとオンデマンドの機能を兼ね合わせたものであると言えるだろう(サーバ型放送の概要についてはこちら)。

 蓄積容量の大小が、そのまま機器のコストとして反映されてくるから、視聴者にとって、デジタルレコーダーを使うのが良いか、サーバ型放送を使うのが良いか、VODを利用するのが良いのかはその視聴者次第で答えが変わってくる。このため、現段階では、どの形態のサービスが最も普及するのかは未知数だ。

 米国でも、Walt Disney社が昨年から「ムービービーム(MovieBeam)」というサービスを提供している。これは、加入者が利用する専用のセットトップボックスに、100本の映画がプレインストールされており、さらに毎週10本ずつが自動的に新しい映画と入れ替えられるものである。映像データの配信には無線デジタルTV周波数帯の未使用の部分を使っている。

 だが、わが国のVODサービスと同様、まだまだ利用者数が限られていることから、事業者側の採算ベースには乗っていないようだ。画質の安定性についての問題もあり、提供されるコンテンツにも限りがある。

 視聴者にとっての利便性が最も高いものが普及していくことは間違いないが、かといって事業者側の採算に合わないサービスが継続して提供されていくことは難しい。後者の視点からすれば、今のところデータの蓄積機能は視聴者宅側にあった方が良さそうだ。とはいえ、技術の進歩の速さからすると、現段階で断定的な評価を下してしまうことは難しい。

メタデータの取扱い

 蓄積機能を視聴者宅側に置く場合に、問題視されることになるのがメタデータの取扱いである。

 メタデータとは、番組のシーン名や出演者などについての各種コンテンツ属性情報のことであり、サーバ型放送の登場に合わせて、放送事業者が番組に付加して配信することになっている。

 メタデータを使うことにより、蓄積された番組の中から、視聴者は好みのシーンを検索したり、ダイジェスト映像を編集したりすることが可能となる。メタデータは放送事業者が作成するものだが、仕様が一般に公開されていることもあり、第三者が勝手に作成することも技術的には可能だ。

 こうしたデータの取り扱いについて、放送事業者が慎重な姿勢を見せることは当然である。番組の制作者や出演者の意図に反した編集が野放図に行われることになっては、著作権の侵害などの問題が起こりやすくなる。その結果として、良質なコンテンツの提供が阻害されることになりかねないからである。

 だから、放送事業者は家電メーカーに対し、第三者の作成した“勝手メタデータ”を読み取らない機能を機器に付け、視聴者側で行うことが出来る編集機能にも一定の制限を設けるように要請している。

 だが、家電メーカーとしては、ユーザーの使い勝手を向上させることにより、機器の普及を図りたいという思いがある。当然、放送事業者の言い分を全面的には受け入れたくはないはずだ。これはサーバ型放送を出発点とした議論ではあるが、いずれ、視聴者宅側にある蓄積機能全般に及んでくることは間違いない。

 日本における最大のコンテンツ制作プロダクションである地上波放送局、特に広告放送を行う民放事業者からすれば、本来的には放送はリアルタイムで視聴してもらいたいという気持ちが強い。だから、タイムシフト視聴そのものの利便性を高めることには消極的にならざるを得ないのだ。加えて、番組を不本意な方向に編集される可能性があるのだから、メタデータの取扱いに神経質になるのは当然のことだろう。

 新たな視聴形態が広く一般的になっていく傾向を止めることは難しいと思われるし、コンテンツ流通を活性化させる一つの形として、タイムシフトやオンデマンドといったスタイルを前向きに捉えるべきであるとの意見は間違ってはいない。

 ただし、こうした場合に頻繁に使われる「視聴者の利便性」という言葉を、あまりに一部特定の視聴者を対象として考えてしまうことのないように留意すべきではあろう。大多数の視聴者は、放送番組を視聴するに当たって、受け身であるものである。それほど高度な編集機能に関心がある者など、実は限られた存在でしかないのではなかろうか。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、潟IフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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