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現代コンテンツにおけるヒーロー観の変質(1/2 ページ)

» 2004年09月13日 12時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 NHK BS2では、定期的に昔の日本映画が放送されている。自分が生まれる前に作られた古い日本映画の中には、まだまだ自分の知らないワンダーランドがたくさんあって、非常に面白いものだ。

 1956年 東映制作の「怒れ!力道山」は、当時の力道山人気と世相を知る上で、興味深い。ストーリーとしては、力道山がプロレス興行を通じて、悪いやつに潰されそうな施設を守るという、今で言えば“良くあるパターン”。貧しい子供たちを守る実在のヒーローとして描かれており、後に「タイガーマスク」の下敷きになったと思われる。

 モノクロ作品だが、後年撮影用語で「せっしゅう」(被写体を台などに乗せて上に持ち上げること)の語源となった名優「早川雪州」が、悪役の政治家役としていぶし銀の演技を披露しているとともに、当時の国会議事堂周辺の様子などもうかがい知ることができる。

 力道山のプロレスが子どもも大人も熱狂させた理由は、外国人レスラーの反則攻撃に耐えに耐え、最終的には正義の怒りを爆発させて逆転勝ち、というストーリー性のあるものだったからだ、というのが通説である。

 公開当時は戦後10年が過ぎてGHQも既になく、もはや占領下ではない。だが外国人に虐げられ我慢に我慢を重ねるというのは、当時の日本人の精神的状態と重なる。それをプロレスという戦いの場で相手を見返すことができるのだ。力道山のプロレスは、当時の国民が唯一留飲を下げ、夢と希望を持つことができるものだったといえるだろう。

完全無欠からの脱却

 ほぼ同時代にありながらも、まったく趣の違ったヒーローといえば、「天下御免の向こう傷」で知られる「旗本退屈男」がある。主人公「早乙女主水之介」を演じる市川右太衛門は、これも時代劇俳優として名優の誉れ高い、北大路欣也の父である。

 1960年 東映の「旗本退屈男 謎の暗殺隊」は、まるで別人のように顔が違う後の時代劇スター、里見浩太朗の初々しい演技が楽しめる逸品だが、とにかく映画全編を通して、理屈らしい理屈がほとんどない。なぜ早乙女主水之介があんなにもべらぼうに強いのか、なぜ敵方の間者を一瞬にして見破ることができるのか、ひいてはどうやって悪役が仕掛けた罠をかいくぐったのか。謎解きもなにもなく、強いて理由を挙げれば「正義の味方だから」という以外にはない。

 そもそも悪事を暴こうと敵地に赴く人間が、あんなにドーランと目張りギンギンに入れてド派手な着物着て歩いているのである。しかも敵方の殿様も「おお、主水之介なら存じておる」と、知り合いというのもすごい。さらに悪役の鉄砲に立ち向かうのは、技や刀剣ではなく、「説教」である。敵方の殿様は、幕府の威信を一身に背負った早乙女主水之介の説教に、ガックリと膝を折る。なんじゃそら。

 この超然としたチャンバラの強さと、権力という二つのパワーで理屈抜きに押し切ってしまうという発想が、後の“痛快娯楽時代劇”に与えた影響は、計り知れないものがある。

 「水戸黄門」、「暴れん坊将軍」、「長七郎江戸日記」――などの時代劇は、幕府の権威をもって正義を行なう「旗本退屈男系」と分類できるだろう(中には幕府というより将軍そのものも混じっているような気がするが、気にするな)。生まれつきエライんだという、現代民主主義国家ではあり得ないシチュエーションを以て成される正義の鉄槌には、外国人には到底理解できないカタルシスを含んでいる。

 だが、現実の社会が次第に戦後の低迷から復興し、社会的秩序が立て直されるにつれ、あまりにも現実離れしたヒーロー像は、視聴者に対して説得力を失っていく。もはや自分の姿を、そこに重ねることができなくなってしまうのである。

 これには娯楽の中心が、空間と時間が限定された特別な場所である街頭テレビや映画館から、日常と連続したお茶の間のテレビに移ってきたという背景も無視できない。こうして超然としたヒーローの時代はゆっくりと終焉を迎え、物語の中のヒーローは視聴者に対して等身大に近くなっていく。超然とした力を持つが、ヒーロー自身が単純な勧善懲悪的正義のあり方に対して疑問を持ち、悩み始める。ヒーローもわれわれと同じ人間だ、というわけである。

 この傾向は現在まで面々と続いており、「悩んで強くなる」というあり方は、今や一般的なヒーロー像として定着した。このあたりのヒーロー論については、筆者ごときが語るなどはおこがましい。もっと詳しい、3日でも4日でもしゃべり続けられるだけの持論をお持ちの方が大勢いらっしゃるわけで、ここは一つ逃げさせてもらう。

 それでも一つポイントを上げさせてもらうならば、筆者が思い悩むヒーロー像として象徴的な作品の一つだと思っているのが、最近「2」が公開になって好評だという、「スパイダーマン」である。

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