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オーディオと音楽の本質麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/4 ページ)

» 2005年05月31日 23時59分 公開
[西坂真人,ITmedia]

――「和声の魅力」というのもありますよね。

麻倉氏: 和声感覚も身に付けると、音楽を聴くことが楽しくなります。 トニック(主和音)――→サブドミナント(下属和音)――→ドミナント(属和音)――→トニックに代表されるカデンツ(和声進行構造)の知識と転調に関する理解があると、ソナタ形式が面白いように分かりますし、その遠くの延長である現代のポピュラー音楽の成り立ちまで、分かってきます。

 音楽とは時間と記憶の芸術ですね。記憶を多く獲得した音こそが、ヒットします。だから、記憶をサポートする「形式」は、戦略的にきわめて重要な作曲の武器なのです。

 形式の王様は「ソナタ」です。主題を示す呈示部、発展する展開部、主題に復帰する再現部と時間を追って演奏されていきますが、聴きどころは、展開部です。主題がこのままどうなっちゃうのと心配するほどの驚くほどの変化を見せ、はちゃめちゃになってしまうのですが、実は再現部で、初めに聴いたあの素敵な主題のメロディが復活し、「聴いたことのあるメロディが帰ってきた」と安心と安寧の境地に至るのです。その形式システムのことをを知って聴くのと知らないで聴くのでは楽しみが大違いですね。

 カデンツについていうと、C-G-Am-Em-F-C-D(Dm)-Gと続く「パッヘルベルのカノン」から発した下降和音があります。これと同じコード進行を使った名曲は非常に多く、最近でいうと小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう」とか岡本真夜「TOMORROW」などがありますが、このコード進行は、さきほどのドレミをそのままカデンツにしたということで、非常に人間の感覚として受け入れやすいのです。

――なるほど。何か、実例はありますか?

麻倉氏: 最近の私のイベントでは恒例になっている、ロンドンはロイヤル・アルバートホールのプロムナードコンサートでの「威風堂々」のことをお話ししましょう。大会場で皆がひとつになりサビの英国の第二の国歌と称される「希望と栄光の国」をスタンディングで大唱和するという場面です。Blu-ray Discのハイビジョンで体験する威風堂々は、何十回も見ていますが、見るたびに感動を新たにしますね。

 ある時は自宅のシアターで再生していたら、見入っていたある大メーカーの商品企画担当の女性が急に泣き出したことがありました。感が極まったのですね。なぜ、この部分が素晴らしいのかというと、合唱の肉声のあまりの迫力ということに加え、和声がC-G-Am-Em-F-C-D(Dm)-Gと続く例のカノンコードそのものなんです。いちばん人の心に訴えかけるカデンツが採用されているのです。つまりこのサウンドから得る感動の根本の仕掛けは、実は譜面そのものにあったのですね。ある販売店のイベントでは、再生する前に「この演奏を体験すると、イギリス人になりたいと思いました」とコメントしたら、アンケートに「私もイギリス人になりたい…」と書いた方もいましたよ。

 このようなことを考えながらオーディオを組んでいくと、オーディオが単に“音”を聴くものではなく“音楽”を聴くツールへとなっていくのです。

――その延長線にあるものが、ビックカメラに設置された「麻倉怜士先生のおすすめオーディオコーナー」なのですね。

麻倉氏: ビックカメラとは以前ちょっとしたイベントに参加したことから付き合いが始まりました。ビックカメラというショップはオーディオ専門店ではないのですが、マニアではない一般のユーザーに対して、オーディオのアクセスをしっかりやっているところとして評価しています。

 そのビックカメラに訪れるユーザーの最近の傾向として、昔のオーディオ全盛時にオーディオを楽しんでいたユーザーから「もう1回オーディオをしっかりやってみたい」という声が多く寄せられているそうです。1970〜1980年代は、オーディオが社会的にメインの趣味として定着しており、オーディオに関する情報も幅広いユーザーに向けたものが多かったのですが、最近のAV専門誌などはマニアックなところに行ってしまい、再入門を希望するユーザーには敷居の高いものになってしまっています。

 新しいオーディオの切り口を提示し、その狙いに賛同するユーザーに購入してもらって安心して音楽を楽しんでもらいたいという思いからお薦めコーナーを作ったのです。すべての音楽に対応するセットというよりも「趣味性を生かして間口は狭いが狭いだけにその人のニーズにあっている」という切り口を提案しています。

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