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Google Printへの「態度決めかねる」米出版業界

» 2005年06月10日 18時17分 公開
[IDG Japan]
IDG

 米国最大の年次ブックフェアであり米出版業界の情報交換の場でもあるBook Expo Americaは、作家や大小さまざまな出版社、図書館関係者、エージェント、販売業者など、およそ出版にかかわるすべての人が一堂に会する大規模なイベントだ。Googleはニューヨークで6月3日から開催されたこの展示会に、今年初めて出展した。新事業Google Printを宣伝し、これに参加する出版社を募るためだ。

photo 出版関係者でにぎわうBook Expo AmericaのGoogleブース

 Google Printは、厳密にはまだβ版だが、昨年10月にサービスが始動、出版社の参加の受け付けを開始した。Googleの目標は、可能な限り多くの書籍を検索可能な形で提供し、自社の情報体系化理念をインターネット外の世界にも広げること。同社のアプローチは2本立てで、まず出版社向けプログラムでは商業出版物の参加を促している。もう一方のGoogle Library Projectでは、米国の5つの大手図書館との提携により、蔵書をスキャンし、その一部をWebで閲覧できるようにする。

 Googleはこの野心的なプロジェクトに何人のスタッフを充てているか明らかにしていないが、Google Printの製品マーケティングマネジャー、ジェニファー・グラント氏は、かなり費用の掛かりそうなこの新サービスへのGoogle創業者らの熱の入れように、当初驚かされたと語る。「これはまさに、世界中の情報を利用可能にするという、当社業務の本質に合致したサービスだ」とグラント氏。

 創作物のデジタル化は知的財産の地雷原であり、Googleは米大学出版部協会など複数の団体から抗議を受けている(5月30日の記事参照)。米大学出版部協会は、Library Projectは著作権侵害の巨大要塞になる恐れがあると見ている。GoogleはBook Expo Americaで、案の定、知的財産権保護のための同社の施策のアピールに熱心だった。例えば、Google Library Projectでは、まだ著作権が有効な書籍の場合、Webで閲覧可能になるのはほんの一部(わずか数行)だという。出版社から提供を受けた書籍の場合は閲覧可能な部分がもっと多く、一度に数ページ読むことができるが、著作権で保護されている作品については、ユーザーが個々の書籍の20%以上を閲覧しようとするとGoogleのソフトが遮る仕組みになっている。

 Book Expo America会場のGoogleのブースは6月3日、このサービスへの参加を検討する出版社の訪問が絶えなかった。出版社に対するGoogleの売りは、このサービスがマーケティング支援になるという点だ。Google Printの検索結果はGoogle.comの検索結果として表示されるので、Googleで検索しなければその書籍を見つけられないであろう人の目に留まる可能性がある。Googleはまた、書籍の検索結果ページに広告を掲載し、その書籍の出版社に広告売り上げを分配する。

 シアトルのSF小説中心の小さな出版社、Per Aspera Pressの発行人であるカラウィン・ロング氏は、自社の書籍の一部をGoogle Printで提供しようとブースに立ち寄った。同氏は、このサービスへの参加による知財上の影響も考えたが、潜在読者に書籍内容の一部を見せてしまうことのあらゆるリスクを負ってでも、参加する価値があると判断したという。

 「うちの本は文芸小説なので、デメリットはあまりないと思う。ほかのタイプの書籍、例えば料理本などだったら話が違ってくるのは分かる」(ロング氏)

 ロング氏の共同経営者でPer Aspera Pressの編集局長、ジャック・コーク氏は、このサービスは宣伝予算をあまり取れない小さな出版社に特にメリットがあると考えている。こうした出版社の書籍でも、マスマーケット規模の作品と同列に、Googleの検索結果に目立つように表示されるからだ。

 コーク、ロング両氏は、自社の最新刊「Singularity」の宣伝にGoogle Printが威力を発揮するものと強い期待を寄せる。この小説は20世紀初頭に起きた「ツングースカ事件」として知られる謎の空中爆発をフィクション化した作品。「ツングースカ事件」はこの事件の情報を探す人がGoogle.comの検索窓で入力しそうなフレーズであり、そうした人は「Singularity」の理想的な読者だとロング氏。

 だが、Googleのブースに立ち寄った出版業者のすべてが納得したわけではない。ビジネス書を執筆・出版しているポール・クルパン氏は、このサービスに自分の本を託そうとは思わないと言う。

 「多くの作家がこのサービスに困惑している」とクルパン氏。「本の中味を閲覧できたら購入の決断が鈍るかもしれない。われわれは皆、どこまで内容を事前公開すると損害を被ることになるのか、判断しかねている」

 クルパン氏はGoogle Printの良い点と悪い点についてのデータがもっとそろうのを待つ構えだ。このサービスはマーケティングツールとしては便利だろうが、自分が出す本がブラウザでどう閲覧されるかについての統制権を、そこまで放棄するのは面白くないという。「(検索した人が)最初に目にする書籍の一節が、その人の購買の意思決定を左右するかもしれない。この市場でわれわれが被る害については、まだはっきり証明されていないが、有害の可能性はある」(クルパン氏)

 印刷された書籍をオンラインで読めるようにするというアイデアを思い付いたのはGoogleが最初ではない。Amazon.comは2003年に「書籍内検索」機能を立ち上げ、今では何十万という書籍でこのサービスを提供しているという。Googleのグラント氏も、Amazon.comが知財問題の回避方法をめぐって出版社と対話を始めたことが下地を作ったのだと認めている。Googleは出版社に、作品の電子コピーをGoogleに提出する際、Amazon.comに提出したものと同じフォーマットを使うことを奨励している。また、Project Gutenbergは、1971年からパブリックドメインな作品の電子化を始めていた。

 とはいえ、Google Printは、ネット書店利用者だけでなくWebで検索するすべての人に、スキャンした幅広い現代の書籍を利用可能なものとすることで、この種のプロジェクトとして過去最も野心的な試みとなっている。これが成功すれば、将来的には「The Da Vinci Code」のようなベストセラーの抜粋や、メイン州のバンガー公立図書館の蔵書で1924年に出版された「True Stories of Pioneer Life」なども、Google.comから引き出すことができるようになるだろう。

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