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デジタル放送にまつわる、いくつかの裏事情小寺信良(3/3 ページ)

» 2005年07月04日 11時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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 ただカードがありゃいいだけであれば、まだこの程度の問題で済むのだが、実際にこのカードの使用にあたっては、個人情報の登録を行なうように指示されている。この情報は、B-CASカードを発行している(株)ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズという会社が管理しており、一部の条件を除いてはテレビ局へ個人情報が渡されるわけではない。

 その一部の条件とは、登録ハガキの末尾に記されている「デジタル放送局などが、あなたの登録情報を利用して、各種ご案内をあなたにお届けすることを希望しますか?」という条項である。これを「はい」に○を付けると、この登録情報(個人情報)が放送局へ渡されて、NHKの場合はBS放送の受信料契約と照合される。

photo B-CASカードの登録ハガキに、個人情報の転送を許可する条項がある

 個人情報が不用意に譲渡されることを懸念して「いいえ」に○を付ければ、個人情報は放送局には渡されない。これだけドバドバと個人情報流出のニュースが報道されれば、普通は敬遠するはずだ。だがその代わり、一カ月後にはNHK BS放送の画面上に、フリーダイヤルに電話して住所、氏名などの情報を伝えるよう、メッセージが表示される。

photo 個人情報を放送局に提供しなかった場合に表示されるメッセージ

 NHKとしては、デジタル放送とB-CASカードというシステムを利用して、確実に受信料を取りたいという意向なのだろう。しかしテレビ画面を人質にして個人情報の提出を求めるようなやり方が、果たして「皆様の公共放送」としてのフェアな方法なのだろうか。

 筆者としてはアナログ時代からBS放送の受信料もきっちり払っており、既に個人情報はNHKに登録されているわけだから、海老沢元会長と違って探られて痛む腹はないのだが、どうもこの画面を人質に取るやり口が気に入らない。

 このメッセージはユーザー側からは絶対に消せないのである。デジタル化によって、放送局とはかくも神のごとく絶大な権力を行使できるものなのかと思うと、恐ろしい。また映像クリエイターの立場としても、作品を意図しないメッセージで汚される憤りを感じる。もしNHKが「電話すりゃ済むんだから、いいじゃん」という意識でいるとするならば、そのセンスが既にマズイと思う。

 さらに視点を変えて、このカードで受信契約を管理するという仕組みに関しては、別の矛盾も生むことになる。例えば自宅で契約したB-CASカードを引っこ抜いて友達の家のテレビにさせば、そこでNHKでも有料放送でも見ることができてしまう。

 まあ違った意味で便利っちゃあ便利なのだが、NHKにしろWOWOWなどの有料放送にしろ、世帯契約が原則になっている。しかしこのカードの存在自体が世帯契約の概念を崩壊させてしまうという、抜け穴になっているのである。

 デジタル放送の是非については、いろいろな解釈が成り立つ。5年6年程度の短期でに見れば、経済復興に対しての効果はあるだろう。だがもっと長い目で見れば、国民にとっても放送にとっても、いい方向に向かっていると本当に言えるのだろうか。

 テレビが映るだけで良かったのんきな時代は、もはや終わろうとしている。


小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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