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ハイビジョンビデオカメラの本質麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/4 ページ)

» 2005年07月30日 20時30分 公開
[西坂真人,ITmedia]

――ビデオカメラとよく似たもう1つの映像機器としては、デジタルスチルカメラ(デジカメ)がありますね。

麻倉氏: デジカメ市場を振り返ってみると、普及型のデジカメが登場し始めた1995〜96年は、カシオと富士写真フイルムが強くて、そのほかコダック、リコーなど数社程度の市場でした。それがいまや、銀塩カメラメーカーのほとんどが参入し、松下電器をはじめとする家電メーカーも力を入れ、さらにPC周辺機器メーカーまでが入り乱れて、国内だけでも800万台を超える非常に大きな市場に成長しています。

 このようにデジカメの市場は急激に増えましたが、それより以前から存在していたビデオカメラの世界はイマイチ普及しません。国内出荷台数も百数十万台の線をウロウロしています。いわゆる“低位安定”です。一方、映像系でも出口側のテレビは“高位安定”で、毎年1000万台規模の市場があります。

――ビデオカメラもデジカメも“映像を記録する”という目的は一緒なのに、どうしてここまで普及台数に差があるのでしょうか?

麻倉氏: ターゲットの違いですね。ビデオカメラは“赤ちゃん需要”へのシフトが非常に強い……というか、ほとんど赤ちゃん需要しかないという状況になっています。我が子が生まれた時には皆がビデオカメラを購入しますが、ある時期から出番が少なくなり、結局、タンスの肥やしになるということをずっと繰り返しているのではないでしょうか。

 つまり「同じ人が2台、3台と買う」というデジカメのような需要構造が、ビデオカメラにはほとんど存在しないのです。新規需要だけでずっと続いているということが、低位安定の一つの大きな要因になっているのです。出生率が下がる傾向が続く昨今の状況では、今後のビデオカメラ市場はさらに厳しいものになるでしょうね。

――赤ちゃん需要以外のニーズはないのでしょうか?

麻倉氏: “赤ちゃん需要以外の市場開拓”というテーマは、1980年代半ばころから言われていることで、業界は新規市場開拓のためにいろいろな策を講じてきました。

 その一例が1989年5月にソニーが市場投入した“ハンディカム55”「CCD-TR55」です。これは当時の“8ミリ vs VHS-C”のビデオカメラ戦争で、VHS-Cを粉砕する最大のパワーとったヒット商品でした。一方、VHS-Cのビクターも同時期に新需要を狙って「ネットワークビデオ」という商品を提案しました。これはカメラ部/ヘッド部/モニター部を分解して、それを組み合わせることで、新しい需要を創造しようとしたのです。つまり、一体化したビデオカメラを再度セパレート型にしたのですね。分離したカメラ部をヘルメットなどにつけて違った視点から撮影するなどして、新しいカメラの使い方を模索していました。残念ながら、この提案は市場に受け入れられませんでしたが。

photo ソニー“ハンディカム55”「CCD-TR55」。「当時としては画期的なサイズでしたが、今見るとけっこう大きいですね」(麻倉氏)

 ソニーはパスポートサイズで「旅行にビデオカメラを持っていく」という提案がある程度は成功しましたが、全体のニーズとしては結局赤ちゃん需要が相変わらず主流という状況です。

――これはなぜでしょうか?

麻倉氏: やはり、一般の人が動画を撮るというのが、非常に難しいことだからでしょう。

 デジカメがこれほど普及したのは、静止画というのが非常に撮りやすかったからです。コンパクトカメラや「写ルンです」といった従来からの写真文化の延長線が便利になったのがデジカメ。さらに静止画は“瞬間”だけ撮ればいいのですから、ストレスも少なく、撮影者が思い通り自在に撮れるのです。

 ところが、動画は非常に撮りにくい。

 撮られる方はまだいいのですが、撮影する方がとても大変。静止画は一瞬だけを切り取ればいいので、被写体が動いていてもいいのですが、ビデオカメラの場合は基本的に三脚を立てないとキチンと撮れないし、手持ち撮影の場合はその場に静止して息を止めるぐらいじっとして撮影しなければいけない。つまり、撮影者は撮影シーンの楽しい輪に入れず、アウトサイダーになってしまうのです。

 私がよくいうのが「動画は“静”であって、静止画は“動”だ」ということ。動画を撮る時には撮影者が“静止”しなければいけない。逆に静止画は撮影者も一緒に“動ける”(シーンの輪に入れる)ということです。

 “撮る”という苦痛を考えると、撮影者側に相当やる気があるか、もしくは動画でなければならない必然性があるときぐらいしか動画は撮らないということになるのです。例えば、ビデオ作品を応募するときか、赤ちゃんや運動会・学芸会などイベントを撮るとかですね。結局「イベント用途だけ」という点が、百数十万台程度で伸び悩んでいる背景にあるのです。

撮影を“苦痛”から“楽しみ”に変えるハイビジョン

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