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「録画ネット裁判」で明らかになったタブー小寺信良(3/3 ページ)

» 2005年12月05日 09時50分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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 ただ放送局側の立場にも、一定の理解は示すべきだろう。現在海外で日本の番組を視聴する手段は、こういった製品やサービスを使う以外にないわけではない。例えばNHKでは独自に、海外向けの「NHKワールドTV」や「NHKワールド・プレミアム」といった放送を行なっている。

 また米国には、「テレビジャパン」という在米放送局があり、衛星放送やCATVを通じて、NHKを中心とした日本の番組を放送している。また一部のローカルCATV局でも、独自に日本の放送局と契約を結び、番組を放送している例もあるようだ。

 そういう正規のサービスを利用してくれ、という局側の主張は、もっともなところだろう。ただこれらの放送はどれも独自編成で、日本で行なわれている放送とまったく同一というわけではない。

 また国際イベントの契約条件がそうことになっているのであれば、それは遵守しなければならないのは当然だ。ただ今後の動向として、こういったIT技術を契約条件の中でどう定義付けていくかの努力は行なうべきだろう。少なくとも録画したファイルをIP転送なりストリーミングすることは、放送とは呼べないわけだから、現時点での放映権の契約にどれぐらい関係するのかもはっきりしない。

 さもなければ、今度は自分の首を絞めることになる。なぜならば各社とも、VOD事業に対して積極的に参入しているからだ。今後国際的スポーツイベントのようなコンテンツは、各局VODの目玉商品となる可能性が高い。だがVODは、国内外での視聴を問わないのである。

家の壁・県の壁・国の壁

 放送とは広くあまねく情報を伝達するメディアであると思われているが、今となってはかなり「エリア」というものに縛られていることがわかる。インターネットが世界を結ぶまで、放送は十分広域メディアだったのだが、IT技術が「エリア」という概念を1ランクも2ランクも拡大方向にジャンプアップさせてしてしまった。

 放送事業の主軸である地上波は、全国放送であるNHKは例外として、放送法施行規則により広域放送、県域放送という枠から出られない。この仕組みからすると、録画ネット裁判は、それが録画であったことから手っ取り早く著作権がらみで片付けてしまったが、その次には放送コンテンツのIP伝送と広域や県域の問題を、法的にどう考えるのかの議論があってしかるべきだろう。

 これまでの録画は、家庭内で見るということさえ想定していれば良かった。だがロケーションフリーのような技術は、家という壁を突き抜けることができる。これからは、少なくとも現住所が都道府県にあるかぎり、本人が他県に移動しようと居住地で放送されている番組を見る権利はある、という考え方はできるだろう。

 さあそれでは、海外赴任者はどうなるだろう。出張ではなく海外赴任ともなると、住民票は国外転出となる。つまりどこの都道府県にも属さなくなるわけである。だから国内で放送されている番組を見る権利も自動的に剥奪されるのだ、という解釈でOKか?

 うーん、いや、これは何かおかしい。権利云々以前に、物理的に見ることができない、あるいはそういう手段がなかった時代は、これで何の矛盾も生じなかった。だが今は手段がある。それに録画ネット裁判で、著作権法上業者が介在することはできないということが立証されたが、逆に個人というベースが確保できれば、海外だろうが宇宙の果てだろうがOKという理論を補強することとなった。

 むしろこれからの放送は、視聴を制限するよりも、様々な手段を講じていかにして多くの人に見て貰うか、という工夫をしなければならない時代に突入していく。そういう時代においては、今の県域放送免許という仕組みそのものにどういう意味があるのか、という話になっていく。

 そもそも県域という聖域を守ることで、地方局が守られる利益がどれだけあるのか、実質的なことは誰もわからない。世の中の流れとテクノロジーの進化に逆らうよりも、それに順応することでビジネスチャンスを拡大するだけの才覚がないのであれば、それは企業努力が足りないと普通の会社なら評価が下される。

 放送という聖域を外部圧力で解体されるよりも、自らの手で解放していくほうが、長い視点で見た場合には得策だろう。ただ不利益になるかもしれない、というイメージだけで旧態制度にこだわることの愚かさは、音楽業界ですでに証明されたではないか。

 放送コンテンツは、録画技術の進歩により、タイムシフトという時間枠を超える概念を身につけた。そして今度はIT技術により、地理的な枠を超える概念を身につけつつあるのだ。そういう意味で録画ネットの登場は、いささか時代を先取りしすぎていたために違法となった、悲運のソリューションと言えるのかもしれない。


小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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