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ローカル民放、衛星配信、縦の統合西正(2/2 ページ)

» 2006年05月18日 01時27分 公開
[西正,ITmedia]
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衛星による再送信のメリット

 衛星放送は全国一波というイメージだが、ICカードで切り分けることによって、県域を守ることは簡単にできる。全国の地上波をCSにアップリンクし、それぞれの地元の人は地元の放送局だけが見られるようなICカードを使うという手法だ。

 広大な国土に非常に多くの地上波ローカル局を擁している米国においても、全ての地上波が衛星経由で視聴できるようになっている。地上波ローカル局はエリア限定の免許となっている。ディレクTVにもエコスターにも地上波が乗っており、やはりエリアごとにICカードで切り分けて見られるようにしている。

 日本ではローカル局の県域免許制を批判する声も多く聞かれるが、米国でもあれだけ広大な国土の中でエリア免許制が採られていることを考えれば、わが国のローカル局がエリア限定になっていることに違和感はない。

 衛星経由で地上波が視聴できるという点は、英国でも同様である。BスカイBにもBBCの放送が乗っている。日本でもCS経由で地上波が見られるようにすることは、特殊事情でも何もないということである。

 そうは言っても、地方に住む人たちの中には、地元のローカル局の番組だけでなく、東京キー局の番組を見たいと考える人も少なからずある。大半の番組をキー局が制作し、それを全国ネットで放送することが多いので、キー局とローカル局の番組編成はあまり変わらない。むしろ、ローカル局のキラーコンテンツがローカルニュースであるとすれば、別にキー局の放送を見ることによるメリットは少ないように思うのだが、見たいと言う人がいることは確かである。

 キー局とローカル局の番組編成で最も大きく異なるのは、CMと、深夜帯の番組ラインアップである。それを見たいという人がいても別におかしなことではない。

 ただし、地域からの情報発信の重要性を切り捨ててしまうようなことは出来ないので、キー局の放送が県域を越えて全国に流れてしまうようなことを容認すべきだとは思えない。これはローカル局を保護するためという事業者側の論理からだけでなく、地域情報を地元の視聴者に伝える役割が大きいことによる。キー局の放送が流れ込むことによって、ローカル局の経営を危うくすることは、結果的に地元の人たちのためにならない。

 そう考えると、民放は無料で視聴できることになっているだけに、東京キー局の番組を見たいと考える人は、CS放送経由で有料視聴すればいいのではなかろうか。番組編成がそう大きく違うわけではないことを考えると、わざわざ有料の視聴料を払ってまで東京キー局の番組を見たいと考える人が、驚くべき数に上ることも考えにくい。

 有料なら話は別であるということは、CSチャンネルの中で最も多くの視聴者の支持を集めている「フジテレビ721」、「フジテレビ739」が、基本的なスタンスとして、ケーブルテレビのベーシックパッケージに入らない事情と一緒である。ケーブルテレビのベーシックパッケージに入ってしまうと、視聴者からするとリモコン操作だけで地上波と同じようにCSチャンネルも見られることになる。

 無料放送的な見方が出来てしまうため、地元の系列ローカル局としては、自分たちのチャンネルと並んで見られてしまうことになりそうで、結果的にフジテレビが無料で進出してくるようなイメージになりかねない。

 そのため、フジテレビ系のCS2チャンネルは、プレミアムチャンネルとして、別途、有料の視聴料を払わなければ見られないようになっている。CSチャンネルで最大の支持を集めているとは言え、有料チャンネルになった途端に、視聴者数では地元の系列ローカル局の脅威になるようなところまでは行かないようだ。

 そう考えれば、CS経由で地上波が見られるようになれば、単純に条件不利地域の難視聴対策となるだけでなく、地方に暮らす人でも希望するなら有料扱いで東京キー局の番組が見られるようになるというメリットがある。

縦の統合の可能性

 言論の多様化を担保するために、放送局同士の出資を一定限度に規制するマスコミ集中排除原則がある。しかし、デジタル化投資に苦しむローカル局を支援するためには、体力のある東京キー局が資本を注入することが効果的だ。

 そこで、言論の多様化を守りながらも、キー局による放送局支配が進まないようにということで、縦の系列関係を統合して持株会社制としたらどうかという提案がなされている。持株会社に対しては、キー局以外の放送局も出資することが可能になるので、一局支配のような構図になることは避けられる。

 こうした縦の統合については積極的に検討するだけの価値があると思われる。持株会社の下に、キー局もローカル局も等しく並ぶカタチになるため、地域情報の発信拠点であるローカル局の存在意義を生かし続けることが出来るからだ。

 また、縦の統合が行われることのメリットは、民放1局県、2局県、3局県に見られる情報格差を是正することにも見出せそうだ。電波は越境して飛んでいくので、実際には地元局の数によらず複数局の放送が見られるケースも多々ある。一方で、ケーブルテレビが隣接県の電波を受けて、地元まで持ってきて流す区域外再送信も行われてきた。

ただし、民放はデジタル時代には、区域外再送信を基本的に認めないとの方針を打ち出している。

 本来ならば隣接県にある放送局が、系列局の無い県に中継塔を建て、そこから番組を流せば地域間格差は生じない。新たに放送局を作るとなると、コスト的にも営業的にも大変であることから、なかなか実現することは考えにくい。

 中継塔を建てるだけならば、そう大きくコストがかかるわけではないが、これまでは何故か、民放局が3局以下の県の地元財界が、隣接県の放送局の中継塔が建つことに反対してきた経緯にある。地域住民の立場を考えれば、非常に矛盾した行動に見えるのだが、そうした事情で実現できないことは確かなのである。

 しかし、民放が縦系列で統合されることになれば、系列局の無い県に隣接県の放送局が中継塔を建てる行為は容易になる。結果として、地域間格差も解消しやすくなっていく。

 以上のように、民放ローカル局には色々な選択肢が待ち受けている。視聴者にメリットのある形であれば、引き続き地域の情報発信基地としての重責を期待することも可能となるに違いない。


西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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