Appleの政策が劇的に変化したのは、スティーブ・ジョブズ氏が暫定CEOに返り咲いてからである。氏の功績は、iPodとiTunes MusicStoreに集約されがちだが、Macのほうでもドラマチックな転換を行なっている。
まずMac OS Xで従来OSの不信感を一掃し、安定性の向上に寄与した。そして自社製アプリケーションの開発を促進した。その一つが、映像編集ソフトのFinal Cut Pro(以下FCP)である。
初期のバージョンはまだまだプロが使えるようなものではなく、まあ例えは悪いが廉価版Adobe Premiereのようなものであったと記憶している。だがユーザーからのフィードバックを受け入れて加速度的に機能が充実し、多くのプロユーザーの認めるところとなった。
FCPが多くのユーザーに支持されたのは、これまでのMacの映像ソリューションと大きく違っていたからである。それは、「ソフトウェア主義」とも言えるストイックさであった。
AvidにしてもMedia100にしても、これまでMacを使った編集システムは、基本的にはハードウェア商売であった。つまりI/OボードやアクセラレータといったハードウェアをMacに組み込むことで、編集専用機としていたのである。
これに対してFCPは、Mac本体とソフトウェアだけで、十分なパフォーマンスを発揮する。実はこの仕組みは、10年前にはデメリットと言われていたメモリ依存の構造が功を奏している。つまり価格の安くなったメモリを2G〜3Gバイトとバカ積みすることで、劇的に処理速度を上げることに成功したのである。
この恩恵をもっとも受けるのが、HD(ハイディフィニション)の編集・合成である。FCPは2004年にPanasonicと協業して、DVCPRO HDコーデックをサポートした。次いで2005年には、HDVフォーマットの映像をそのまま取り込んで、ネイティブフォーマットのまま編集できるようになった。さらに今年はSONY XDCAM HDも正式にサポートした。
急激にHD化する放送業界では、ビデオカメラはHD化したものの、HD対応のノンリニア編集ソリューションの開発・導入が遅れている。その中で、Mac本体だけでなんとかなるFCPの存在に、注目が集まるのは当然であろう。映像のプロにとっては、それがMacであろうがWindowsであろうが全く関係ない。安くて仕事ができれば、それでいいのである。
さらにAppleは今年6月に、ハイエンド向け合成ソフト「Shake」の大幅な価格改定を行なった。Shakeはもともとハリウッドの映画制作用として作られたインハウスのソフトウェアだが、2002年にAppleが買収した。
このソフトウェア最大の特徴は、2K、4Kクラスの映画サイズの動画を合成できることにある。これまでこのクラスの合成には、Discreet InfernoやSmoke、Flameといった、SGI Onyx2やDual-Core Opteron搭載ワークステーションクラスで動作するシステムが必要であった。金額にすると、ざっと1億円はかかるシステムである。
これに対して、メモリさえおごってやれば、パソコンクラスのMacで作業ができるのである。ハリウッド映画のような、ものすごい数の合成を大人数のチームで行なうような仕事では、バツグンのコストパフォーマンスを発揮する。
これまでShakeは、33万円という価格であった。合成のレベルを考えれば、プロユーザーにとってはこれでもひっくり返るほど安い。安すぎて逆に「納品書にゼロ1つ2つ書き忘れたんじゃないか?」と不安になるほどのレベルである。それが6月の価格改定で、6万2000円になった。これがどれぐらい現状の映像制作業界を混乱に陥れるものか、一般の方にはなかなか想像できないだろう。
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