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インターネットは社会じゃない小寺信良(2/2 ページ)

» 2006年10月16日 08時33分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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ネットに聖域はない

 昨今、SNSの大手であるmixiに書き込まれた日記が、社会問題に発展するケースが相次いでいる。もちろんベースには、本人による社会的に非難されるべき行動が存在したわけであるが、自分が発信した言葉、画像に伝播力がないと思っていたところに、大きな落とし穴がある。

 つまり今のネット利用者は、ネット内の特定サービスを、柵に囲われたサンクチュアリだと勘違いしている。確かに垣根がなかったインターネットに、改めて柵を設けたSNSは画期的な発想の転換だった。だが、柵は所詮柵であった。いくら紹介制とはいっても、厳密に個人認証をしない登録制度では、覗き見、立ち聞き、なんでもアリなのである。

 他人のプライバシーを覗くのが楽しいという感覚は、異常なものとは言えないだろう。社会的に見えている部分ではなく、その人の恥部を覗き見ること、隠されたものを覗くのは、人間の本能なのかもしれない。

 今でこそ立ち聞き、覗き見は良くないことという教育が成されているが、かつて平安時代、源氏物語などで語られる世界観においては、垣根越しに覗いて家庭内の事情を知ったり、立ち聞きしたりということは、どうも普通に行われていたようだ。もちろん源氏物語はフィクションであるから、本当にそうなのかは知る由もないが、当時貴族社会では違和感もなく広く読まれていたことから考えると、そういう社会であったと考えても良さそうだ。

 当然これは、貴族社会というサンクチュアリの中での出来事である。貴族社会は、法的には今よりも自由であったのかもしれないが、逆に人間関係という意味では、堅牢な社会性を持っていたとも考えられる。お互い身分がある世界においては、プライバシーを知ったと言うことは、同時に利害関係者の一員となるという意味でもある。つまり、知った側にも責任が発生したと言ってもいい。

 だがネット上では、人の恥部を覗きこんだとしても、それは広く公開されているものであるため、覗いたのだという意識はないし、知った側の責任が発生するということもない。載ってるじゃん、だれでも見られるじゃん、オレが見なくてもみんな見てるじゃん、というわけである。

 インターネット特有の匿名性と、他人からの視線のなさは、「遠慮」を失わせる。これがちゃんと本人の顔を持った世界であれば、他人のそんなことを言いふらすなんて、という視線に晒されることより、行動が制御されたはずである。他人の評価によって自分の社会的立場が変わることを社会性というのならば、やはりインターネットは顔を持たない「世間」と考えるべきだろう。

 ブログの炎上において、本人の言い分が余計に油を注ぐ、俗に言う“燃料投下”という結果になるのは、世間に対して反論することなど元々意味をなさないということに、気がつかないからだ。なぜならば世間というのは、真実を知った上でもなお、いやこっちの方がオモシロイからそっちを信じる、ということが起こりうるからである。これもまた、社会と世間の違いである。

 一方世間は世間で、ネット世間の場合は「世間知らず」が大きな問題を引き起こすこともある。2ちゃんねるに犯行予告してから実際の犯行を行なうなどは、この例であろう。

 リアルな世間話ならば、話の成り行きで過激な発言にもなる。だがそれを真に受けて実際の行動に出るものなど居ない。それは、各個人がある時には社会というレイヤーの一員である、あるいは一員であったことから、ホントにはやらないとわかっていて、話だけで終わらせるからである。

 ネット世間が違うのは、マトモに社会に出たことがない「世間話の野次馬」なるものが存在して、それらの人間が「話だけ」というシャレが分からず、真に受けて行動してしまうところに恐ろしさがある。

 これまでは「世間話」のようなようなあいまいなものが、今日のような伝播力を持ったことはなかった。逆にいえば、伝播力がなかったからこそ、今日まで世間は世間として放置されていた、というか、あるべくしてそうある状態であったということである。

 だが世間はネットを手に入れたことで、無責任で無邪気な破壊力を持つに至った。我々はいつでも被害者になる可能性があると同時に、常時潜在的な加害者であるという居心地の悪い状態に陥りつつある。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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