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れこめんどDVD「アートスクール・コンフィデンシャル」DVDレビュー(2/2 ページ)

» 2007年05月25日 09時28分 公開
[皆川ちか,ITmedia]
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アートスクールの汚い現実を直視

 実際にアートスクール卒のダニエル・クロウズによる脚本は、実体験が大いに盛り込まれてリアリティがありすぎる。学生たちは互いにけなし足を引っ張り合うことに夢中で、アーティスト崩れの講師は授業にやる気など持っていない。

 アパートでひとり、誰にも見せずに絵を描き続けるアル中の老人OBは、ジェロームに言う。

 「フェラはうまいか? 売れっ子になりたきゃフェラを練習しろ」

 かつて画家として脚光を浴びたこともあるこの老人は、才能を消費しては使い捨てる現代アートが生んだ廃人だ。

 芸術を解し、愛する人種が集っている(はず)のアートスクールの汚い現実と、世渡りとコネがものをいう空虚な現代美術界を、クロウズは冷めた怒りをもって見つめている。

 真似っこ学生の絵を批判して泣かせた途端、ジェロームがクラスメイトから「お前の絵なんか工場製だ」と責められるくだりや、自分の写真展のチラシをまき続ける女子学生、コミック・アーティストとして成功したOBが講演会で自慢を垂れ流すエピソードなど、痛々しい描写が続出する。クロウズは相当にしょっぱい学生時代を送ったのだろう。

“自分は特別”と感じている者こそ実は空っぽ

 ダニエル・クロウズのクールな視線が徹底しているのは、登場人物の中で唯一“まとも”らしく描かれているオードリーと主人公ジェロームも、やはり薄っぺらい人間だと判明するところだ。それも、自分はあいつらとはちがう、と思っている者の方こそが、もっとも弱々しくて空っぽなのだ、と。

 自分は他人とは違う。「ゴーストワールド」のソーラ・バーチも、そう思っていた。その違いを証明できる場所を探して彼女はバスに乗ったけれど、その行き先がアートスクールではないことは確かだろう。なぜなら少女が欲しいものは、他人に認められることではなく、反対に人から顧みられることのないアウトサイダーに、ひいては一人ぼっちになることなのだから。そこがジェロームとバーチのちがう点で、世俗の成功を願うジェロームの方が、孤独を厭わないバーチよりも恐らく才能はないだろう。だから彼は、「フェラの仕方を覚えなきゃな」とぽつりと呟く。

 ソーラ・バーチと同じ感覚を備えた人物がこの作品にもたった1人出てくる。彼は登場人物の中で誰よりもピュアで、ものを作ることのシンプルな恍惚を知っている。その人とは、前述したアル中OBというのがまた皮肉だ。そしてクロウズは彼にも、同情は注いでいない。スノッブな成功者にもピュアな廃人にも、等しく意地悪だ。

クロウズ監督のインタビューにも注目

 「L.A.コンフィデンシャル」(97年)をあからさまにパロったタイトルも微笑ましい「アートスクール・コンフィデンシャル」を、「ハチミツとクローバー」と併せた“美大”セットで、いかがでしょう?

 特典映像で面白いのは、ダニエル・クロウズのインタビューだ。特典メニュー「2006年サンダンス映画祭」でのワールドプレミア映像で、ステージ上でクロウズは語る。

「この映画で描きたかったのは、個人が求める表現と商業的成功の対立です」

 すかさず客席から、映画でイヤミOBが野次られたように「お前こそクソ野郎のくせに!」と突っ込みが。クロウズはまばたきせず、昔のスティーヴ・ブシェミのように、目をぎょろぎょろとさせていた。この人はきっと、アートで飯を食いながらも、アート業界への怒りを今なおたぎらせ続けているのだろう。

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