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飽和するコンパクトデジカメ、脱却の糸口を探す小寺信良(2/3 ページ)

» 2007年05月28日 00時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

デザインの簡素化に見るアフォーダンス

 カメラの歴史は同時に、自動化の歴史でもある。露出計と絞り/シャッタースピードの連動、距離計とレンズの連動、フィルム巻き上げ時にシャッターをチャージするセルフコッキングなど、今となっては当然の機能も、一歩ずつしか実現されなかった。35ミリフィルムが主流となってからのカメラ業界は、54年に登場したライカM3のあまりの完成度の高さに、レンジファインダ開発に見切りを付け、一眼レフへの転換を図っていった。

 なかでもリコーは、自動化に闘志を燃やしたメーカーであった。50年代に台頭した35ミリレンジファインダ機では、「リコレット」、「リケン35」といったカメラを投入する。そして60年に発売された「リコー オート35」は、完全自動露出を実現し、オートフォーカスという発想のない時代ゆえに固定フォーカスとして、ピント合わせすら排除した。目指したのは、「数字や目盛りのないカメラ」であったという。電源を使わず、すべて機械装置の力だけで自動化を行なうというのは、至難の業である。

photophoto リコー初の35ミリカメラ「リコレット」。この時点ですでにセルフコッキングを搭載している(左)、当時としては画期的すぎた「リコー オート35」

 今見てもレバー型のシャッター、フィルム巻き上げ、巻き取りレバー以外なんにもないシンプルさは、衝撃的である。しかしこの発想はあまりにも早すぎたため、世間はついて行けなかった。当時カメラは、まだ機械好きのお父さんのものだったのである。

 しかしこの自動化技術は、すぐに大きく開花することになる。「リコー オートハーフ」の登場である。ハーフカメラブームの起源は59年発売の「オリンパス ペン」だが、62年に発売されたリコー オートハーフでは、リコーオート35で実現した自動化に加え、フィルム巻き上げさえもゼンマイを駆使して完全自動化した。またデザイン面でもこれまでのカメラの常識を覆すたばこサイズの箱形、出っ張らないレンズで人気を博し、20年近くも展開する長寿シリーズとなった。

photophoto 超ロングセラーとなった「リコー オートハーフ」の初号機(左)、オートハーフの前に発売されたハーフカメラ「リコー キャディ」。オートハーフがいかに大胆な設計であったかがわかる(右)

 ハーフブームの頃は、もちろん多くの国内カメラメーカーが参入したわけだが、70年代には人気がオリンパス ペンシリーズとリコー オートハーフシリーズに二分された。オリンパスには、天才とうたわれた設計者/工業デザイナーの米谷美久氏がおり、次々と革新的なハーフカメラをリリースした。シリーズが長く続いたのは、ある意味当然と言えよう。

 一方リコーは個性的な外観を残し、コンセプトはそのままで高画質化していった。初期設計が優れていたこともあるが、目盛りや調整ダイヤルを廃してカメラのターゲット層を新しく開拓し、そこを外さないための戦略であったろう。

photo ユーザーがカスタマイズしたオートハーフ。ここまで愛されたカメラは少ないだろう

 この在り方は、インタフェースデザイン用語として重要な「アフォーダンス理論」から考えていくことができるかもしれない。アフォーダンスとは、モノや環境が発信している情報である。それが持つ特徴、例えば色や形、材質などが、そのものをどのように扱ったらいいかということを発信している。このアフォーダンスを人間などの生物が受け取ることによって、その使い方を理解するという考え方である。

 使い方がわからなくても、モノの在り方がそれを教えてくれる。したがってユーザーは、そのものに対して知らなければならないことの量を減らすことができる。アフォーダンスは、無意識かつ瞬間的に人間が受け取るものである。

 この用語は1966年にアメリカの知覚心理学者、ジェームズ・ギブソンが提唱するわけだが、この考え方はすでに60年の「リコー オート35」から見ることができる。機能を外側に出さず、形状をシンプルにすることで、「のぞいてボタンを押すだけで写る」ということを体現して見せた。

photo 「リコー オート35」のマニュアル。半世紀前のカメラで、ここだけ読めば写真が撮れたのは驚異的だ

 当時どのカメラメーカーも、ここまでは割り切れなかった。やっぱりレンジファインダ時代のカメラらしい外観をもっていたし、オート機能の限界をカバーするため、マニュアル機能は欠かせなかった。そこにないものを提供する、あるいは時流に対する反骨こそが、リコー流と言えるのではないだろうか。

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