テレビの薄型・大型化が進む影で、密かに虐げられてきた存在――それがテレビ内蔵のスピーカーだ。テレビの薄型化はエンクロージャー容積を奪い、画面のワイド化と“スリム”“コンパクト”というデザイン上の要求がスピーカーをテレビの両サイドから追い出してしまった。
本来、音のことだけを考えれば、テレビの両サイドにスピーカーを設けて画面の前方に定位させることが望ましい。しかし実際には、テレビの大型化とともにサイドスピーカータイプは徐々に減少し、今やメーカー各社のラインアップを見ても、サイドスピーカータイプを揃えているのは松下やシャープなど一部に過ぎない。テレビがスタイリッシュになる一方でスピーカーの居場所はますます狭くなり、画面の下側という(文字通りの意味で)日の当たらない場所に追いやられてしまった。
しかし、妥協していては音質は下がる一方。各メーカーの技術者は、与えられた狭いスペースの中で上質な音を出すべく、あらゆる方策を検討してきた。東芝がオンキヨーと共同開発した「ジェットスリットスピーカー」や三菱の「ダイヤトーン」などが一例だろう。そして最近では、単純に良いスピーカーを小型化するだけではなく、デジタル音響技術と組み合わせてさらに音を追求する傾向が見られる。
具体的な例を挙げよう。写真の中央は、日本ビクターが先日発表した“EXE”「LH805」シリーズの内蔵スピーカーユニットだ。右は先代モデルで、左側は数年前のモデルに使われていたもの。数年前のテレビは、余裕のある65φのスピーカーユニットで2Way構成とし、エンクロージャーの容量もそこそこ確保できていることが分かる。新型と旧型では、そのサイズの違いは歴然だ。
スペース不足を解消するためにビクターが選んだのは、得意のオブリコーン技術だった。オブリコーンは、通常ならセンターにある“駆動点”をずらして不要な共振を排除し、中・高域の特性を改善するというもの。それも1つのユニットに2つのオブリコーン形状を持つ「ツインオブリコーンスピーカー」として、狭小スペースに2Wayユニットを詰め込んでいる。
また、同じように見える先代(右)と新製品も細かく見ていくとかなり違うことがわかった。ドライバーの形状は同一ながら、振動板のエッジを触り比べてみると、新製品は“ぷにぷに”と明らかに柔らかくなっている。一方、フレームは金属製に変更して剛性を向上させ、エンクロージャーの背面やバスレフダクトの内部は“アール”を付けることで空気の出入りをスムーズにしたという。「音を濁す“風切り音”をだいぶ抑えることができた」(開発担当者)。
そうした効果は、周波数特性を見るとよく分かる。従来機では若干落ち込んでいた7〜9Hzと100Hz近辺が持ち上げられて全体がフラットになり、とくに人の声の明瞭さ(7〜9Hz)と迫力(100Hz)が増した。微妙なチューニングが見た目以上に効果を上げるのはオーディオの世界では良くあることだが、とくに人の声が聞きやすくなったことで、「はっきり・ひっそり」モードなど新しい機能の採用にも一役買ったはずだ。
音質の改善だけではフォローできない音の広がり(ステレオ感)は、デジタル処理によって改善させる。アンダースピーカータイプでは、視聴位置から見た左右のスピーカー角度はわずか10度前後のため、ステレオ感の乏しい音になりがち。対して「LH805」シリーズで新たに搭載した「MaxxStereo」は、左右の音に自然な広がりを持たせ、しかもメニュー操作で効果を調節可能。もともとプロ向けに開発されたデジタル音響技術は、大きな画面に見合う音の広がりを提供してくれるという。
もちろん、こうしたデジタル技術を駆使するよりも、大きなスピーカーを適切な場所で駆動するほうが音響的に有利であることは変わらない。しかし、内蔵スピーカーの手軽さは捨てがたく、また与えられたスペースの中でさまざまな工夫を凝らし、練り上げてきた音も捨てたものではない。大型テレビを選ぶ際には、画面だけではなく、“音”にも着目することが重要だろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR