れこめんどDVD：「ダーウィンの悪夢」：DVDレビュー（1/2 ページ）

[龍崎登，ITmedia]

　アフリカ・タンザニアを舞台に、大型肉食魚・ナイルパーチが世界に巻き起こす惨劇。ナイルパーチなんて魚は聞いたこともないし、遠い遠いアフリカの話だし、関係ないやって思ったあなた！あなたはもうこの惨劇に巻き込まれている。しかも当事者として……。ホラー映画ではありません、歴としたドキュメンタリー映画です。

「ダーウィンの悪夢」

発売日：2007年7月6日 価格：3990円 発売元：ジェネオン エンテインメント 上映時間：105分（本編） 製作年度：2004年 画面サイズ：ビスタサイズ 音声(1)：ドルビーデジタル／5.1ch／英語・ロシア語・スワヒリ語

海苔弁当に入っている怪しいヤツ

　かねてから海苔弁当に疑問を持っていた。コンビニや弁当屋で売られている、あの比較的安価な弁当。海苔弁当とは言いながらも、海苔が見えないくらいなぜか具満タンな弁当。その具の中でも必ずと言っていいほど中心に横たわっているのが白身魚のフライである。

　“海苔”弁当という名前に隠された、怪しい白身魚フライ。

　「白身魚」ってよくよく考えると変な名前だ。紅鮭弁当はあるのに、「白身」の「魚」。魚の種類さえも明らかにしない、ものすごいアバウトな名前。何の魚かも知らずに食べていたが、一体何の魚なのか？庶民的な食材にまつわる、あくまで個人的な疑問。その個人的な疑問を一気に解決させたのがこの「ダーウィンの悪夢」だ。しかしそこには個人的どころか、地球規模の問題が隠されているとは夢にも思わなかった。

ナイルパーチってどんな魚？

　ドキュメンタリー映画「ダーウィンの悪夢」はアフリカ東部の国タンザニアにあるムワンザという田舎町から始まる。ヴィクトリア湖のほとりにあるこの町は、ナイルパーチと呼ばれる魚を捕獲・加工して、欧州や日本に輸出しているという。このナイルパーチという魚こそが、先の白身魚フライの正体だ。正直聞いたこともない。DVD付録の資料には以下のようにある。

　「2003年までは白スズキの名前で流通していたが、法規制でナイルパーチと表記されるようになった。現在では外食産業や給食などの白身魚フライに使われるほか、スーパーで味噌漬け、西京漬けなどとして並ぶこともある。日本では毎年3000トン前後のナイルパーチをタンザニア、ケニア、ウガンダから輸入している」。

　日本でも身近な食材の話だと考えると、より思い入れが深まるかもしれない。しかし話はここからだ。

　世界第2の淡水湖ヴィクトリア湖は、約100万年の歴史をもち、多くの固有種が進化し生息する「ダーウィンの箱庭」と呼ばれる豊富な自然があった。しかし近年肉食の外来魚・ナイルパーチが繁殖。ムワンザの住人はこのナイルパーチを捕獲・加工し、世界に輸出することで急成長したが、ナイルパーチは湖の在来種を駆逐し、生態系をズタズタに破壊してしまう。

ナイルパーチがもたらす社会的問題

　日本の琵琶湖におけるブラックバス問題を思い浮かべるのも当然だろう。しかし一匹の外来種が在来種を絶滅させアフリカ全体の生態系を、世界の生態系を壊すという内容かと思いきや、本作はそういう理科系教育ドキュメンタリーの類ではない。大金を生む魚・ナイルパーチは生態・環境破壊をするだけでなく、話の焦点はナイルパーチがこの地域にもたらした大きな社会的問題にスライドしていく。

　急成長を遂げるこの町に仕事を求め内陸からやってきたものの、みんなが職に就けるわけではない。職にありつけない男たちは盗みと暴力を重ねるスラムを作り貧困が広がる。貧困のために女は仕方なく売春し、売春がまたエイズを蔓延させる。エイズで親を失った子供はストリートチルドレンとなり、ナイルパーチの梱包材で作った粗悪なドラッグを吸うことに明け暮れる。ナイルパーチが生み出した繁栄の影で弊害も生まれ、それが悪循環しているという社会の暗部も映し出した衝撃のドキュメンタリー映画だ。

　ドキュメンタリーというのは制作者の考えを正当化するために、都合の良い映像だけを編集して、都合の言い証言だけを並べることもある。しかし監督フーベルト・ザウパーが映す映像は、何か心の準備ができていいないままに撮ってしまった事実を淡々と積み重ねているようだ。

　貧困、暴力、売春、エイズ拡大、ストリートチルドレン……。そのどれを切り取っても一つの作品として成立しそうな衝撃度の高い事実をフィルムに収めながらも、ひとつの事項に留まることもなくカメラはのらりくらりと当て所なくさまよう。まるで見てはいけないものを見てしまったような感覚で。