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れこめんどDVD「監督・ばんざい!」DVDレビュー(2/2 ページ)

» 2007年11月30日 09時05分 公開
[皆川ちか,ITmedia]
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日本映画、そして日本映画界に物申す

 キタノ監督が挑戦するジャンル映画の数々は、観ている方が恥ずかしくなるほどベタである。いや、ベタでは足りない。もうベタベタだ。だけど、そんなベタな映画ばっかりなんだよ、今の日本映画は。北野武は観客と映画界それぞれに問いかける。観客には、「予定調和なベタ映画を観て、本当に面白い?」。映画界には、「予定調和なベタ映画を作って、本当に面白い?」と。

 ここまでだったらメタ構造の映画批判映画なので、映画好きなんかにはたまらないものがあります。ブラボー!監督!最高です!と。しかし後半、追いつめられたキタノは渾身の1作に取りかかる。それがまた、前半の没映画の群れを超えるアホアホな映画なのだから、映画好きもブラボーの声を引っ込めること請け合いだ。

 セコくてアホな詐欺師母娘は、政財界の大物の息子をたぶらかそうとするが、息子と勘違された大物の秘書(キタノ・タケシ監督が自ら演じている)は、貧乏な家の長男だった。母娘は逃げるが、娘に惚れてしまった純朴な秘書はどこまでも追いかける。井出らっきょこと、井出博士のロボットに乗って……。

 と、あらすじを書くだけであきれ返る内容だ。だが、この後半部分の暴れっぷり、狂いっぷり、ギャグのベタっぷりの迷いのなさ。そして他者を批判するだけに終わらず、最初に掲げた“ジャンル映画に挑戦する”という自らへの課題を実践している点が、鬱期をくぐった北野武の強靭さを示している。

このアホさ加減に笑えるか!?

 「監督・ばんざい!」では、「TAKESHI'S」から明らかに進化した北野武が見られるが、繰り出されるギャグのアホ度もMAXまで引っ張っているところがまた素晴らしい。服装からして常人ぎりぎりの岸本加世子と鈴木杏、笑えないギャグを嬉々として繰り出す江守徹、ここまでやりすぎる人も珍しい井出らっきょ。筆者的には、いかがわしさが芸になるハンサム・宝田明のパートが心に残りました。はたして観客がこれら役者陣のパフォーマンスに笑うかどうかは非常に難しいところだが、キタノ・タケシ(そして北野武)は、異様なテンションの高さをキープしたままラスト・シーンまで突っ走る。そして地球は壊滅してしまうのだ。

 「TAKESHI'S」で自殺にも近い自らの死を描いているのに対し、本作で北野武は、自分もろとも世界を壊している。その世界とは、そう、映画だ。荒涼とした平原に、突如、巨大な文字「GLORY TO THE FILMMAKER!」(監督・ばんざい!)が立ち現われてきた瞬間、北野武の自己破壊の後の再生が始まったと、私は確信した。

同時収録の短編には監督の優しさが

 と、いうようなことは特典の「北野武インタビュー」を観れば、言わずとも感じられます。やはり対面でカメラに向かう“殿”は迫力がある。また、07年のカンヌ国際映画祭60回記念企画「To Each His Own Cinema」で「世界の映画監督35人」に選ばれた北野武が「劇場」をテーマに撮り上げた短編「素晴らしき休日」(07)も収録されている。

 田舎のさびれた映画館で、モロ師岡が「Kids Return キッズ・リターン」(96) を観るという、ただそれだけの光景だけれど、監督の優しい部分が出ています。映画界は嫌いでも、映画が嫌いなわけでは、決してないのだ。だって映写技師のおっさんは、よく見ると“殿”なのだから。「Kids Return キッズ・リターン」ファンにはこの短編だけでも観てほしい!

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