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ホンモノの色とは何か? を見つめ直した「カラーリマスター」本田雅一のTV Style

» 2008年05月16日 18時42分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 いつもは3回連続で1つのテーマを扱っているこの連載だが、今回は是非とも紹介しておきたい技術があり、1回延長としたい。実はこの技術は、2年ほど前からいろいろなメーカーの技術者や商品企画担当者に話をしながら、なんとか製品化できないものかと期待していた技術でもある。

 松下電器産業はこの春、プラズマテレビ上位機種の一部サイズを新機種に更新した(→関連記事)。「PZ800」というモデルがそれで、50V型、46V型、42V型が用意されている。この製品で興味深いのは「カラーリマスター」という技術だ。すでに新製品発表のリポートなどで、名前だけは聞いたことがあるという方もいるだろう。それらを流し読みすると「単に鮮やかな色が出るだけ?」と、絵作りの一環のように思われがちだが、実はカラーリマスターはもっと深い部分で重要な技術になっている。

 ちょっと難しいと感じるかもしれないが、テレビの絵作りの本質にも関わる部分なので、簡単に紹介しておこう。

photo パナソニックの「PZ800」シリーズ。42V型、46V型、50V型の3サイズを用意している

 テレビ放送やDVD、あるいはBDのパッケージソフトは、ITU-R BT.709という規格に沿って色の情報が作られている。もっと現実的には、この規格にそったブラウン管のマスターモニター(大抵はソニー製BVMシリーズ)で映像を製作しており、結果的にBT.709に沿った色再現になっているといってもいいかもしれない。

 従ってどんなテレビも、絵作りを行う前の段階では、ソニーのBVMシリーズの映像が1つの基準となっていた。とくに映画モードなどは、BT.709に近い絵作りになっていることが多い。BT.709の色再現範囲はsRGBと同じで、ビデオカメラが捉える色も、フィルムが捉える色もすべてを表現することはできないが、それを圧縮して(単純に圧縮するのではなく、見た目の印象がなるべく変化せず、なおかつ階調が失われないよう非線形の圧縮が行われる)狭い色再現範囲に収めている。

 オリジナルとは違う色ではあるが、エンジニアがきちんと調整して作った映像なので、BT.709に準拠したディスプレイならば、制作者側の意図が汲まれた映像表現になる。

 しかし最近の映画製作現場では、とくにハリウッド映画などはデジタル編集で製作することが多くなってきた。その際には、オリジナルのネガフィルムをDCI(Digital Cinema Initiative)規格に準拠した色再現域でコマごとにスキャンしている。DCIの色再現域はフィルムが得意な色再現の領域を生かせるよう広く取られており、とくに赤の色再現範囲はかなり広い。また夕焼けのオレンジなども、フィルムが出せる色がきちんと入る。

 デジタルシネマ上映の映画館で上映されるのは、このDCI準拠の映像である。テレビ放送やBD、DVD制作向けの素材には、このDCI準拠の映像をBT.709に変換したHDマスターと呼ばれる映像が使われる。

 この時、色再現範囲を小さくするため、演算処理で色飽和度の高い部分について圧縮処理を行うが、圧縮したものは逆変換をかければ元に近い状態に戻る。色範囲の圧縮手法は規格化が行われていないので、厳密にすべての映像を正しく戻すことはできないが、大抵の場合は似たような手法で圧縮されているため、一般的によく使われている圧縮カーブの逆変換をかければ、おおむねDCIカラーに近い映像が取り出せる。

 では、DCIカラーではない映画や、一般のテレビ放送はどうなの? という話になるが、これも実はあまり問題にはならない。映画をテレシネ変換する際は、やはりフィルムの色をBT.709に変換する処理が入っているので、元が厳密にDCIカラーでなくとも、イメージに近い映像になる。また、テレビ放送の場合でも、テレビカメラ内部でセンサーが捉えたより色飽和度の高い色を圧縮してカメラが出力しているから、上記のようなDCIに戻すのと同じような処理を加えると、より良い印象の映像になる。

 実際、PZ800は、x.v.Colorで撮影された映像以外の、すべての映像にカラーリマスターを適用し、DCIカラーに変換してから表示している。店頭の環境では、なかなかその効果を確認しづらいかもしれないが、カラーリマスターが搭載されていない機種と落ち着いた照明環境で比較すると、その差は歴然としている。

photophoto 「カラーリマスター」の概要(左)とデモンストレーション(右)

 単に色再現の範囲を広げ、そのまま鮮やかに表示しても、画像調整の色の濃さをプラスに調整したような効果しか得られないが、カラーリマスターではほとんどのシーンが、むしろ“地味”に描かれる。実際には地味なのではなく、余分な絵作りをせずに階調の繋がりを意識したナチュラルな色再現だ。ところが真っ赤や真っ青といった色飽和度の高い被写体が登場すると、しっかりと艶やかにそれらを表現する。

 例えば映画「ナイトミュージアム」のワンシーン。背景に茶系のライトアップされた恐竜の化石と暖色系ライティングの男女が会話するところがある。女性は真っ赤なセーターを着ているが、一般的なテレビでは顔や背景の赤がやや強調気味に見えがちな反面、セーターはくすんだ朱色に寄る。ところが、カラーリマスターがかかった映像では、顔や背景の化石の色が濃くならず、自然な階調と色で描かれつつ、セーターは立体感を伴いながらも、よりビビッドな赤で描写された。

 赤だけでなく、さまざまな色再現において同様の違いが見えるが、その違いをもう少し一般化していうなら「色再現のボキャブラリーが増し、素材ごとの色の違いが明瞭に描き分けられる」という感じだ。

 プラズマにしろ、液晶にしろ、今のディスプレイ技術は従来のブラウン管よりも広い色再現域があるが、これを本当の意味で生かす手法が従来はなかった。しかし、今回紹介した技術の方向性の検討が進めば、“BT.709縛り”とも表現できる色表現の限界から抜け出すことができるだろう。

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