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ゴキゲンなサウンドを生み出す情熱音楽空間――BGマスタリングを訪ねて(4/4 ページ)

» 2009年01月26日 16時02分 公開
[本田雅一,ITmedia]
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「デジタル制作ツールが音楽をダメにする」

 田口氏は、「デジタル制作ツールが音楽をダメにする」と話す。実はこの話、個人的にも気になっていた部分だった。

 というのも、2001年ぐらいを境に、良い音のCDが激減したと感じていたからだ。例えば、同じアーティストの発売時期が異なるCD。音作りの方向は全く同じで雰囲気もとても似ているのに、明らかに音が違う。古いものは音場が豊かで演奏者の情熱まで感じ取れるのに、2001年以降のアルバムは平板で音場に深みがなく、奥行き表現がない。左右に音は展開するが、前後に深さがなく薄っぺらく感じる。そんなことが何度もあった。

 それ以前のCDは、例えば日本のアイドルものでさえ「なんで、こんなに良い音で入ってるの?」と驚くほどすばらしいものがあったが、最近はそんな驚きを感じることもほとんどなくなってしまった。

photo LPの内周に刻印するグランドマン氏、IDのほかに「BG」と刻んでいる

 田口氏は、「それはPCの編集ツールがプロ向けに普及した時期とほぼ同じですよ。最近はPC用ツールも性能が良くなってはいるが、フェイズディストーション(位相破壊)は起きる。そこを音作りのうまさでカバーしたとしても、本来の音楽性はもうそこにはないんです。だから、僕はプロデュースの仕事がきても、デジタル・ミックスなら受けない。絶対にいい音楽なんか出来ないからね」と話す。

 もちろん、デジタルにも良いところがある。PCさえあれば、あとはインターネットでデータをやりとりしながら、超低コストに音楽を制作できる。最終的にCDにする際にマスタリングが必要とはいえ、それまでの作業は自宅でミュージシャン自身が行うことさえ可能だ。デジタルのサウンド編集ツールは、確実に音楽制作の敷居を下げた。

 しかしその結果、本当に音が良い音楽コンテンツはどんどん失われ、若いエンジニアが育ちにくい状況になってしまった。田口氏は、「良い音で仕上げると、どんなにすばらしい音楽的表情、音場を生み出すことができるのか、知らずに仕事をしている世代のエンジニアが生まれてしまっている。彼らは良い音を体験する環境もなければ、良い音でコンテンツを制作するノウハウを教えてくれる師匠もいない状態。そりゃデジタルでやれば、簡単にクリアな音はできる。でも良い音にはならない。このまま”知らない人”たちばかりになると、音楽業界は本当にダメになってしまうかもしれない」と警鐘を鳴らす。

 そんな田口氏が、「まぁ、聞き比べてみてよ」と2枚のCDを引っ張り出して聴かせてくれた。1枚はベット・ミドラーの「ローズマリー・クルーニー・ソングブック」、もう1枚はバーブラ・ストライサンドの「ザ・ムーヴィー・アルバム」だ。ともにソニー・ミュージックの発売で、マスタリングのエンジニアは同じ。ディスクの製造工場、発売年(2003年)も同じ。内容も似たタイプで音作りの基本線も同じだ。当然、”音色”そのものはとてもよく似ているが、音は圧倒的に前者の方がいい。前者はアナログレコーディング&アナログミックス、後者はデジタルレコーディング&デジタルミックスという違いだけで、ほかはほぼ同じ行程で作られたディスクだという。聞き比べると、あまりの違いにアッと驚かされる。前者の方が、演奏者の情熱のようなものがあふれ出て心を刺激する力が圧倒的に強い。

音楽にかける情熱

 そんな話をしていると、スタジオの主であるバーニー・グランドマン氏が、朝の渋滞をやっと抜け出して部屋の中に入ってきた。「どうだい? 楽しんでくれてるかい?」ときさくに声をかけてくる。「田口は本当に音にウルサイやつなんだ。でも、僕らはそこに情熱を傾けてやってきた」とグランドマン氏。

photo 朝の渋滞で遅れてきたバーニー御大。スタジオでのセッションの予約があっため、長い時間は話せなかったが、音楽に対する思いは熱かった

 ジャズに魅せられ、ライブで味わう音楽のすばらしさを伝えたいと始めた仕事は、マスタリングの重要性を認めさせることとなり、とうとう世界一のマスタリングスタジオを作り出した。その情熱は「すべて音楽を楽しむため」とグランドマン氏はいい切る。

 この情熱的といえるほどに良い音楽を求める気概が、後世にも伝えられることを祈りたい。

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