開発コード名は“愛”──ソニエリ「W880」が生まれた理由(後編)開発陣に聞くウォークマンケータイ「W880」(2/2 ページ)

» 2007年05月02日 23時00分 公開
[青山祐介,ITmedia]
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100以上の地域に指定の日時に着荷させるRTL

 こうしてさまざまな苦労や困難をくぐり抜けて生まれた端末は、日本国内向けであれば、完成したものをキャリアに納品して一区切りとなる。しかし海外での端末販売は日本とは大きく異なり、端末メーカーが自社ブランドのショップで販売したり、現地の販売店などとパートナーシップを結んで製品を展開する。この世界展開の部分を担当するのが「RTL」だ。

Photo RTL(Ready to Launch)を担当した片山氏

 RTLとは“Ready to Launch”の略である。「発売準備完了」を意味するこのプロジェクトは、世界各地に製品を送り届ける部分をコントロールする。

 「日本で発売する新製品の場合、最終的な端末の発売日を念頭に置き、それに合わせてスケジューリングして仕事を進めます。しかし世界に展開していく中では、最終的にショップに出て行くタイミングは各地域の都合がありますので、そのエリアに着荷させるところまでが任務となります。決められた日程で、要求されたものを工場から各地域に届けることが、端末開発プロジェクトの責務となっています」(瀬尾氏)

 グローバルモデルの場合、出荷する先が100以上にもなり、それぞれの地域に合わせて細かなカスタマイズを行う。例えばダイヤルキーは、アルファベットだけでなく、国によってラテン語やタイ語、アラビア語の文字に変える。本体下部のウォークマンロゴは、顧客の要求に合わせてオペレーター(キャリア)のロゴに変えたり、ロゴなしにすることもある。

 もちろん、カスタマイズするのは本体だけでなく、付属品や箱にも及ぶ。充電器はヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど地域や国によって7種類程度のバリエーションがあり、また、箱に入っている取扱説明書の言語も50種類以上ある。表記言語を変更するだけではなく、顧客の要求に沿ったマニュアルのデザインを採用したり、顧客のリーフレットを同梱することもある。

 こうしたカスタマイズを行って、しかも販売サイドから要求されたタイミングで着荷させるようにスケジュール管理を行っていくというのだから、その仕事量の膨大さは想像に難くない。W880の開発プロジェクトでこの大役を担ったのが、RTLプロジェクトのリーダーである片山氏だ。

 「出荷が始まる3週間くらい前から、工場にずっと張り付いていました。発売する前に承認を経ないといけないお客様もいらっしゃるので、承認作業の進行状況をプロダクトマネージャーに報告し、製品を出荷する優先順位を調整したりもします。一方工場側とは生産能力の調整をします。部品の在庫状況はどうなのか、どのモデルならどれくらい作れるのか、といった状況を見ながら、毎日生産するバリエーションの種類や数を決めていくということをやっていました」(片山氏)

Sony Ericsson内でも評価の高かったW880の「マスローンチ」

 前述の通り、W880は2007年の初頭に華々しく発表され、Sony Ericssonのグローバルモデルのフラッグシップとして、同社の端末ラインアップを牽引する役割を担っていた。そのためW880のリリースは、地域ごとに優先順位を付けて小出しに出荷するのではなく、「マスローンチ」と呼ばれる、初回の出荷でなるべく多くの地域に向けて出荷し、一斉に発売する手法を採った。

 一言で一斉発売といっても、パッケージデザインなどのカスタマイズはスウェーデンのルンドにある拠点で行い、端末の工場は中国にある。世界各地の拠点でそれぞれ行っている作業を、東京のRTL担当者がコントロールするのは至難の業だったはずだ。

 片山氏は「今回のW880のケースでは、販売直前にパニックに陥らないよう、事前から入念に準備を行っていました」と当時を振り返る。「カスタマイズしたものを私たちは“キット”と呼んでいますが、出荷の3〜4カ月前ぐらいまでには、必要なキットの種類がものすごく多くなるということがあらかじめ分かっていました。そこで、プロジェクト内では販売の2カ月ほど前から、テストで1つ1つの部品票を組んで、手違いのないように備えていました」(片山氏) おかげで間違ったキットを同梱したパッケージを届けてしまうといったトラブルは全くなかったという。

 W880ほどの大規模な出荷数の立ち上げは、スゥエーデンの拠点を含めても、1年間に1機種あるかないか、というくらいまれなことだという。それを東京の拠点が見事に完遂したことで、社内でも非常に高く評価されたそうだ。「RTLのシステムを作り上げてきたスウェーデンの部隊は、大規模な立ち上げにも慣れています。でも東京はそうではありません。そのため、社内では“東京はいいものを作るけれど、モノを出すのは下手だ”と言われてきました。そんな我々がこんないいものを作っただけでなく、RTLまで本当にコミット通りきっちり、しかも期待通りの数(の出荷)をこなせた。その点は、このプロジェクトの大きな成果だと思っています」(瀬尾氏)

PhotoPhoto W880の標準的な英語版のパッケージ。型番の末尾に「i」が付いているのは3G(W-CDMA)対応モデルを意味し、3Gには非対応の中国向けモデル「W880c」と区別されている

コミュニケーションは英語、日本語、そのほか臨機応変に

 世界をまたに掛けて製品を開発し、展開していくSony Ericssonでは、もちろんコミュニケーションは英語で行う。グローバルな企業なだけに、プロジェクト内には日本人、スゥエーデン人のほかにもさまざまな国のスタッフが所属しているという。そんな環境での端末開発は、日本人同士で開発するよりも大変なのではないだろうか。

 瀬尾氏も青木氏も片山氏も「合弁企業としてスタートした当初、スタッフ間で文化や言葉の違いを気にするところもあったが、現在ではそういったことはほとんどない」と口をそろえる。チームとして結果を出すことに集中するため、多少の文化や言葉の違いはほとんど気にならないそうだ。

 「端末の開発からRTL、カスタマーサービスなど、それぞれのプロジェクトをまとめた1つの“メインプロジェクト”という枠組みで考えると、延べ1000人以上が関わっています。1000人のプロジェクトを動かすのは、大人数、大所帯での難しさがあります。しかしこれは、実は日本人1000人でも、外国人が入っていてもそんなに大きな違いはありません。現在Sony Ericssonでは、世界4拠点の能力を共有しながら開発を進めています。そのため各プロジェクト間で、似たような製品を開発したりしないようにする調整がなかなか難しい。それに比べれば、文化や人種の違いは、細かいところではもちろんありますが、そういうことが難しさとして感じないぐらい、プロジェクトのマネジメントのほうが難しいというのが本音ですね」(瀬尾氏)

 「人種の違いというのはあまり気になりません。我々の部署にも10を超える国からスタッフが来ていますが、常にコミュニケーションを取っていると、国による考え方の違いはあまり気にならなくなってきます。またプロジェクト内は基本的に英語ですが、日本語をめちゃくちゃ喋れるカナダ人や中国人がいたり、英語が聞き取りづらいインド人がいたりします。しかし分からないときには“喋るのではなく書く”といったいろいろな手段があります。コミュニケーションツールは、臨機応変にいろいろなものを使っています」(青木氏)

開発コード名は杉山愛選手から取った“Ai”

 こうして製品としてもプロジェクトとしても、世界的に高い評価を得た東京のチームが生み出したウォークマンケータイ「W880」。チーム全員にはもちろんひとかたならぬこだわりと思い入れがあった。

 「製品名は『W880』なのですが、内部では“Ai”(アイ)という開発コード名で呼ばれていました。Sony Ericssonのグローバル向け端末では、開発コード名に有名な女性の名前を付けるのが流行っていたんです。東京で担当したプロダクトではずっとテニスプレーヤーの名前を付けていて、W880のプロジェクトの名前は杉山愛選手からとった“Ai”でした。だからというわけではないのですが、スタッフ全員、本当に愛を込めてやったという感じがあります。W880は、我々の誰もが見た瞬間に“これは売れる!”と感じられるできでした」(瀬尾氏)

 「私たちR&Dのスタッフしては、W880はW900の“リベンジ”でした。W900に関しては、絶対巻き返してやる、という思いがずっとありました。技術者はそれぞれ自分の記録を破りたいという思いがあります。メカ屋さんであれば世界で一番薄いものを作りたい、挑戦したいという気持ちがあるものです。また、そのほかにもいろいろな意味で挑戦したいという思いが、ベースバンド、RF、メカの技術者の中にありました。私はそれをうまくマネジメントする立場で、そのことも私にとっての挑戦でした」(青木氏)

 「本当に愛を込めて携わってきたモデルだったと思っています。開発段階から私がRTLとして関わってきたモデルはW880が初めてで、当初から私自身のチャレンジのようなものでした。そしてプロジェクトが進み、マスローンチの話が出てくると、さらにRTLとしての負担が急に増えました。そういった意味では、RTLプロジェクト全体としてもかなりチャレンジをしたモデルですね。それだけに、ずっと印象に残るモデルだと思います」(片山氏)

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