第8回 ソフトバンクモバイル 太田洋氏──ボーダフォンがソフトバンクになって変わったこと石川温・神尾寿の「モバイル業界の向かう先」(1/2 ページ)

» 2007年09月27日 10時00分 公開
[房野麻子(聞き手:石川温、神尾寿),ITmedia]

 モバイル業界は今後、どんな方向へ向かうのか。電気通信事業者協会(TCA)の集計で、4カ月連続の純増首位を獲得したソフトバンクモバイルの動きが注目を集めている。業界のキーパーソンを迎え、通信ジャーナリストの石川温氏、神尾寿氏とざっくばらんに未来を語ってもらう「モバイル業界鼎談」の第8回目では、モバイル業界に次々と驚きをもたらすソフトバンクモバイルの専務執行役員 プロダクト・サービス開発本部長の太田洋氏に、ボーダフォンがソフトバンクに移行してから、会社や事業がどう変わったのかを聞いた。

PhotoPhotoPhoto 左からソフトバンクモバイル 専務執行役員 プロダクト・サービス開発本部長 太田洋氏、神尾寿氏、石川温氏
※このインタビューは7月30日に実施したものです。太田氏は9月30日付で専務執行役員プロダクト・サービス開発本部長を退任します

ソフトバンクはキャリアという枠組みを飛び越えている会社

ITmedia ボーダフォンをソフトバンクが買収し、ソフトバンクモバイルとなって、買収後に仕込んできた施策なども少しずつ具現化している時期かと思います。また、純増数では現在、4カ月連続でトップを獲得するなど、好調な動きも見られます。ボーダフォンからソフトバンクモバイルに変わって、状況はどんなふうに変わりましたか?

石川温氏(以下敬称略) 太田さんの立場でどう変わったか、何がやりやすくなって、何がやりにくくなったか、という点を含めてお話いただけるとうれしいですね。

太田洋氏(以下敬称略) 私自身は、実は一度ボーダフォンを退社していまして、津田志郎&ビル・モロー体制になった直後くらいにボーダフォンに戻りました。私が戻る前のボーダフォンは、ヨーロッパ主導の経営スタイルを採っていました。特に3Gに参入する際、3Gはすごくお金がかかりますから、Vodafoneグループとしては、グローバルなスケールメリットをどう生かすか、ということを重視しました。ドコモさんだったら潤沢な資金を生かして自力でできたんでしょうが、ボーダフォンは単独でやるのが難しかったわけです。

 そこで、たぶん覚えていらっしゃると思いますが、「コンバージェンスモデル」という、グローバルで統一された端末の投入という方向性を打ち出したわけです。欧州の端末メーカーのコントロールの仕方を採用したわけですね。日本は完全にキャリア主導ですが、欧州はどちらかというとベンダー主導の市場です。日本はキャリアよりベンダーの数の方が多いですが、海外はキャリアの数がベンダーより多いこともあります。そういう状況でのマネジメント方法を採ったわけです。

 また、ヨーロッパは標準化がよく行われている地域なんです。国がいっぱいあって、人があちこちに移動するので、ローミングに対応するのはもちろん、引っ越ししたときでも、そこの事業者で容易に使えるように標準化が行われています。その力学で日本でもビジネスを進めたわけです。もっとも、3Gは日本が主導で開発し始めていたので、日本がVodafoneから見て非常に戦略的な市場であったのは間違いないと思います。けれど、あまりにも世界統一仕様にこだわり、スケールメリットを出そうとしすぎた。それで若干、日本のお客様の声が、開発に伝わらなくなってしまったんですね。それが非常に問題だったわけです。

 そして、ボーダフォンはその問題に気がつきます。これじゃイカンということで、ドコモから津田志郎氏を召喚し、その後Vodafone本社からウィリアム・モロー氏を送り込んできました。モロー氏は、私が昔J-フォンで「スカイウォーカー」というサービスを作っていた頃の仲間ですし、日本テレコムの社長をやっていた時代もあって、日本のことをよく知っているということで、欧州との理解の溝を埋める役割を担っていました。その2人の体制のときに、一気に元の日本のやり方に戻そうという動きで私も呼び戻されました。そこからプロダクト、サービスも含めて、日本仕様に変えるぞ、J-フォン時代に戻すぞ、ということをやり始めたんです。日本のお客様の声をよく聞いて、お客様第一主義での製品作りという方向に戻していったわけです。コンバージェンスモデルはUIがかなり使いにくかったと思うんですが、その辺をぐーっと戻してきた、というのが当時の背景です。

 そして、行くぞ、がんばるぞ、番号ポータビリティも控えているし、これは大変だぞ、という状態だったんですが、欧州の方では批判が多かったですね。“日本のビジネスはまったく利益を考えていない、そんなに金をつぎ込むだけじゃなくて、もっと儲かるビジネスじゃないといけないんじゃないの?”という批判が高まる中、たまたま、“買いたい”という現社長の孫正義の考え方とタイミング的にうまく合致し、ソフトバンクになったというわけです。

 ソフトバンクになって、いろいろな部分で大きく変わりました。ボーダフォンはファイナンシャルが非常に強い会社ということもあって、どちらかというとバランス経営でやっていたんですが、ソフトバンクはアグレッシブに「行くぞー!」という感じ。トップダウンでどーっと行く会社ですから、スピード感がありますね。それから市場に対して、強く印象付けて展開する手法は卓越している会社なので、かなりさまざまな変化が起きました。確かに大変でしたけれど。

ITmedia 孫社長の周りにいらっしゃる方は、皆さん大変だとおっしゃいます。

太田 私はプロダクトやサービス、コンテンツを担当していますので、そこの観点で言うと、機種数とか色数の多さとか、市場に対しての自分たちの打ち出し方、プレゼンスの持ち方というような部分では、すごく強烈なインパクトがありました。だって、キャリアの観点からすると20色は普通やりませんよ。だから、キャリアという枠組みを飛び越えていると感じます。孫がよく「デジタル革命を起こすんだ」と言っていますが、フィックス(固定)だろうがモバイルだろうが、製品としての魅力をもっと広く考えていて、非常に幅の広い視野を持った会社だという印象です。やっぱりビジネスはうまいですね。

神尾寿氏(以下敬称略) 外から見ていると、ユーザーとの距離はボーダフォン時代よりも近くなったと思うんですが、それ以上に流通業界との距離が近づいた印象があるんですが。

太田 そう。ソフトバンクグループはもともとソフトウェア流通を得意にしていて、出版までいろいろと幅広くやっている会社ですので、その辺の力はあると思います。

神尾 流通さんにとって売りやすい端末、実際に売れる端末が、特に今年に入ってから矢継ぎ早に出てきていますね。ここにもソフトバンクに切り替わった後のスピードの変化や体制の影響はあったんでしょうか。

太田 もちろん、それはものすごくあります。スピード面は特にありますね。最近ソフトバンクは、携帯電話はファッション産業に限りなく近い、ということを打ち出しています。たとえば“パネルを毎日着せ替えたい”といった部分などは意外に短期間で対応できるので、そういうところは素早くやっています。

神尾 確かに20色展開などはすごいですね。でも、普通のキャリアの感覚でいうと、誰かがブレーキを踏むような展開ですよね(笑)

太田 いや、この会社にブレーキは存在しません(笑)

神尾 その辺が、ブレーキを強めに踏みつつ経営していたボーダフォンとの違いになるんでしょうね。

太田 そうですね。

神尾 振り落とされるな、と。

太田 振り落とされてますよ、もう(笑)

神尾 流通さんの声を集めやすくなった、といった変化はありますか?

太田 そうですね、市場の声は以前よりすごく分かるようになりました。市場とは非常に近づいた感じがしますね。

神尾 実際、さまざまな流通の方とお話ししていると、「ソフトバンクさんは、仕事は大変だけど売りやすい」という声が非常に多いです。

太田 今のファッションの方向性にしろ、“3Gはデカくて重い”だったのをスリムにして“これが新しい端末の形ですよ”と打ち出した姿勢にしろ、メッセージとして分かりやすいじゃないですか。もちろん、それに追いつくだけの技術は我々が担保していかなくてはならない、すごく大変なところなんですが、技術や品質の部分をなんとかがんばってやりつつある、というところでしょうか。

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