FOMA端末の開発に注力している三菱電機は、2005年からSymbian OSを採用している。開発するのがドコモ向け端末だけとはいっても、年間で6機種から7機種もの端末をリリースしており、どれも時間をかけてじっくり開発できるわけではない。他社同様厳しい条件の下で、主力端末から企画端末までを次々と投入する中、Symbian OSおよびMOAP(S)プラットフォームの役割が非常に大きくなっていると通信システム事業本部 副事業本部長の石毛謙一氏は話した。
石毛氏は、2007年に発売した端末で起こったいくつかの問題点とその対策を紹介し、工夫した点や苦労した点と、Symbian OSが開発の現場でどのような役割を果たしているのか紹介した。
その1つが、タッチパネルを採用した2画面ケータイ「D800iDS」である。D800iDSは、ユニバーサルデザインの端末を目指すため、ユーザーインタフェース設計時の基本方針として、2画面とタッチパネルを活用し、表示や操作の分かりやすさを追求することと、ボタン操作に慣れたユーザーに対しても、違和感のない操作性を提供することを目標としていた。そのためこの端末には、簡単に操作できる3キーモードからちょっと慣れた人向けの6キーモード、そして一般的な携帯電話と変わらない10キーモードを用意した。
しかし、3キーモードで問題が起きた。待受画面では、ワンタッチで呼び出せる機能を厳選すして、タッチパネルに触れたらすぐに反応するように設計する予定だったため、長押し操作を禁止していたが、3キーモード時に「電話」「メール」「カメラ」に加えて、どうしても「メール問い合わせ」機能をワンタッチで呼び出せるようにしたいという意見が出たのだ。そこで三菱電機では、当初の設計方針を改めて「メール」の長押しでメールの問い合わせができる仕様に変更。長押ししたことで機能が呼び出されたことを分かりやすくするため、ボタン色の変化やプログレスバーの表示などの機能を追加したが、この仕様変更がSymbian OSのおかげで比較的スムーズに対応できたという。
また「D904i」では、独自の加速度センサーチップを搭載したが、このときもSymbian OSによってソフトウェア開発時の技術課題をクリアできたという。加速度センサーでは、ラケットの上にボールを置いて運ぶときのような、実世界と同じ感覚を実現することを目標にしており、それを実現するためには、端末の傾きと画面の変化に遅れが生じないようにする必要があった。遅れが生じると、ユーザーが違和感を覚えてしまうからだ。
そこで、加速度センサーからの変化通知が、即座にアプリケーションに通知されるよう、割り込み応答性を高め、イベント通知の高速化を行った。アプリケーションからの描画要求に対して、すばやく反応して画面の表示を更新するよう、描画性能の向上も実施。Symbian OSの高い割り込み応答性能によってゲームでも違和感のない性能を達成できたという。
「D704i」では、消費電力の最適制御を実現するため、照度センサーを用いて周囲の明るさに応じてディスプレイの明るさをコントロールするようにした。このとき、照度センサー用のデバイスドライバを新規に開発する必要があったものの、Symbian OS用のドライバ開発は十分なモデル化が行われていて、新規デバイスを搭載する際にもすばやい対応が可能だったそうだ。
また石毛氏は、これまでの端末開発に加えて、三菱電機として考えている携帯の未来像も紹介した。
「携帯の処理能力は、通信速度の向上により、いずれはPCなどを置き換えていくと思っている。日本国内のインターネット接続環境を見ると、FTTH(光ファイバー)の導入が急速に進んでいるものの、日本全国に張り巡らせることはなかなか難しいだろう。ラストワンマイルは無線かな、という思いもある。そのためにも、携帯はこれからも進化して行かなくてはならない」(石毛氏)
三菱電機では、2010年ころには携帯電話に利用されるデバイスのスペックが、現在PCで使われているそれとほぼ同等になるだろうと見ている。半導体プロセスは45ナノメートルになり、アプリケーションプロセッサは2000DMIPS程度(しかも2009年以降は並列プロセッサ化)に、内蔵メモリは12Gビット(1.5Gバイト)程度に進化して、ディスプレイはXGA以上の解像度を持ち、カメラは8Mピクセルまで高解像度化するという。
こうした進化の中で、携帯電話が、ゆくゆくはPCの機能を凌駕していくと予測。さらに、PCなどの魅力的な機能が、ソフトウェアの“輸入”によって携帯でも使えるようになり、さらに携帯で流行した機能が、ソフトウェアの“輸出”によって携帯以外の機器でも利用可能になるという。
ただ、この実現のためには、まだまだ課題がある。それはソフトウェアの互換性の問題だ。石毛氏は「魅力的なソフトウェアが、携帯やPC、その他の機器向けに容易に流通できるような環境整備が必要だ」と、容易に移植などが行える環境が整うことに期待を示した。また、携帯の高機能化・高性能化はとどまることなく続いていくが、コストは抑える必要があるとも指摘した。
三菱電機が考える未来の携帯を実現する上で、Symbian OSは非常に重要な長所を持っているという。それがPOSIX対応とデマンドページング機能だ。
POSIX(Portable Operating System Interface)は、移植性の高いソフトウェアの開発を容易にするアプリケーションインタフェース規格で、Symbian OS 9.4からサポートされている。すでにLinux向けアプリにはPOSIXを前提に開発されたアプリケーションが多数あり、Symbian OSがPOSIXに対応したことで、Linux系のソフトウェアを容易に移植できるようになる。さらに石毛氏は、ソフトウェアベンダーによるSymbian OS対応ソフトの開発が加速する、UNIX系を得意とするソフトウェアエンジニアがSymbian OS向けソフトウェアを開発する契機になる、といったメリットも挙げた。
デマンドページングは、アプリの動作に必要なメモリを、OSが自動的にNAND型フラッシュメモリからSDRAMに転送して実行する、あるいは使用頻度が低くなったプログラム格納用のSDRAM領域をOSが自動的に解放するというメモリ管理方法だ。Symbian OSではバージョン9.3からサポートしている。価格が安いNAND型フラッシュメモリ(ただしプログラムを直接実行することはできない)を活用して、プログラムの実行に必要なSDRAMの容量を抑える技術で、端末に組み込むメモリのコストを抑えることができる。
この2つはSymbian OSの非常に魅力的なポイントで、「開発現場から、ぜひ早期にMOAPにも導入してほしいと伝えてこい、と言われた」(石毛氏)。
ちなみにFOMA端末に搭載するソフトウェアのソースコードは900万行程度といわれており、間もなく1000万行達するくらいの規模だという。石毛氏は「三菱電機として手がけたソフトウェアの中で最も大きいものは原子力発電所の制御ソフトだと思っていたが、FOMAのソフトウェアはその約1.5倍だと聞いて非常に驚いた」と話した。
最後に石毛氏は、Symbianに対して4つの「お願い」をした。
その4つとは、(1)携帯電話専用OSとして、携帯電話メーカーの「かゆいところに手が届くOS」を開発してほしい、(2)標準OSインタフェースなどへの柔軟な対応をしつつ、高性能・高品質な機能をより多く提供するというSymbianの伝統は堅持してほしい、(3)日本の携帯電話事情を敏感に察知し、タイムリーなOSを提供してほしい、(4)Symbianやソフト/ハードベンダー、オペレーター、端末メーカーで強調してSymbianコミュニティを発展させていきたい、というもの。
Symbian OSに対して賛辞を送るとともに、さらなる進化に期待を寄せた。
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