ケータイが伝える米国産牛肉反対デモの「嘘」と「真実」韓国携帯事情

» 2008年07月07日 22時23分 公開
[佐々木朋美,ITmedia]

 米国産牛肉の輸入再開をめぐり、揺れに揺れている韓国。毎週のように行われている大規模な街頭デモには、数万人の老若男女が参加している。政治的な問題ではあるが、中高生などの若者も多いのが今回のデモの特徴。その裏には、携帯電話の存在もあるようだ。

連日の大規模デモ

photo ソウル市庁前に座り込み、デモを行う人たち。ろうそくを紙コップの底に差し込んだ即席“キャンドル”を手にしている

 夕方のソウル市庁前。道路の真ん中に設置された特設ステージと向き合って、何万人もの人たちが座り込んでいる。人々は手にろうそくを持ち、日が暮れてくるとその何万本ものろうそくの火がきらめく。こうした集まりは「ろうそく集会」と呼ばれ、「イ・ミョンバク(大統領)OUT」と書かれたプレートを掲げる人、市民団体などの名前が書かれた旗をひるがえす人など、それぞれのやり方で大勢が気勢を上げている。実に圧巻な光景だ。

 こうした光景は、ここ約2カ月半ほどソウル市内で当たり前となった風景だ。ことの発端は、2008年4月にイ・ミョンバク大統領が、米国産牛肉の輸入制限を解除する方針を発表したことによる。しかし韓国の国民は、米国産牛肉に「BSE(牛海綿状脳症)」、いわゆる狂牛病の恐れがあるとして輸入制限解除に大反対。連日の大規模デモに発展した。

 このデモによって、ソウル市庁を中心とした地域で交通がたびたび麻痺するだけでなく、デモ隊と警察とが激しく衝突する場面も増えた。米国企業であり、かつ牛肉を取り扱う企業の代表格、「マクドナルド」の店舗を襲撃する事件も頻発、マクドナルドでは店頭に「オーストラリア・ニュージーランド産牛肉のみを使っています」という看板を掲げている。このほかイ大統領を支持し歪曲報道を行っているとの理由で、保守系新聞に広告を出す企業への不買運動が展開されるなど、米国産牛肉輸入問題は、さまざまな方面に飛び火している。

photophoto こんなかわいいデモ隊も?!(写真=左)。特設ステージ上では、司会者や演説者が参加者に「ともに戦おう」と呼びかけ、士気がますます上がる(写真=右)

photophoto 地下鉄駅の階段に張られた、集会の日時を知らせるチラシ。「やり遂げるまで集まろう」というタイトル(写真=左)。マクドナルドの立て看板。「ご安心ください。オーストラリア・ニュージーランド産牛肉のみを使っています」の文字が。そのおかげか、昼過ぎのマクドナルドは人がいっぱいで満席だ(写真=右)

photo 落書きされたり、窓が外されたりして、すっかり壊されたソウル警察の車両

メッセージ怪談の顛末

 老若男女が参加している今回のデモだが、初期の頃にはとくに中高生などの若者の姿が目立っていた。

 デモが多いという国柄はあるものの、参加者に中高生が目立つのは珍しい。彼らなぜ、狂牛病に反応したのだろうか。その背景には、ネット上にあふれる狂牛病情報がかかわっているようだ。そこの真偽はともかく、インターネットで話題の中心になっている狂牛病問題にじっとしてはいられなくなったのだ。

 そして彼らの主要連絡手段である携帯電話の世界でも、狂牛病にまつわる事件があった。

 「5月17日、全国の中高校生は団体休校してデモに参加すること」

 「(狂牛病)牛肉を、0.01グラムでも摂取すれば死亡」

 「×××ブランドの食品を、10日間食べないこと」

 「大統領を弾劾しよう」

 「韓国政府、独島(日本で言う竹島)を放棄」

photo デモには若者の姿も目立つ。ケータイ片手に、現場の実況をしながらのデモ参加も日常茶飯事の風景

 このような内容の携帯電話メッセージが、中高生の間で出回った。“狂牛病怪談”“メッセージ怪談”などと呼ばれるこのメッセージは、最初どこからともなく現れたのだが、メッセージには「他の人にも回して」という一言が添えられていたため、同内容はチェーンメール化して人から人へ伝わり、内容は一気に広まった。

 事態を重く見た学校側は警戒態勢を敷き、休校するといった事実はないこと、休校してデモには行かないことなどを呼びかけた。それでもうわさの力は強く、メールの内容を信じて疑わない学生もいて、警察が捜査を開始するに至った。

 数日後、受験浪人のAという若者が警察により立件された。上記のようなメッセージ怪談を、「ほかの人にも広めて欲しい」と恋人に送信。この恋人が同じ内容を友人に知らせ、さらにインターネット上の掲示板に書き込んだため、全国的に広まることとなった。警察の調べでは、Aが最初にメッセージを送信してから、たった29分後、すでに韓国全土へと広がっていたという。

 最初は1通のメッセージだったのが、全国規模の大きな事件へと急速に発展してしまったのは、中高生が持つ携帯電話ネットワークによるものだろう。それは大人が考えている以上に、広範囲へ速く伝わることが今回の一件で明らかになった。

インターネットと政治の密接な関係

 2002年、ノ・ムヒョン氏が選挙に勝利し、大統領の座を手にしたのも、インターネットの力が大きく作用したことは有名だ。ノ・ムヒョン氏のインターネット後援組織「ノサモ」(“ノ・ムヒョンを愛する会”の略)が、オンラインもふくめ活発な活動を行ったことで、市民からの票を獲得したのだ。

 政治とインターネットが切り離せない韓国において、今回の米国産牛肉輸入問題についてもネット上での動きが激しい。ポータルサイトが運営する掲示板上では活発な討論や情報交換が行われているほか、米国産牛肉輸入に反対したり、政権を糾弾するなどといったWebサイトが設けられたりもしている。

 今回は街頭デモということもあり、ケータイカメラが活躍する場が目立っている。街頭に座り込むデモ隊の写真、数万人が道路を行進する動画など、マスコミ顔負けの速さで現場の様子がインターネットで伝えられている。編集されないナマの素材は、テレビや新聞が報じないさまざまな場面をとらえており、見応えがある。

 また今回のデモを生中継して人気を集めている動画サイト「Afreeca」は、アクセス方法として「WiBro」を推薦しており、デモという意外な出来事をきっかけにしてWiBroが再評価された。ビジネスチャンスをつかんだWiBro事業者のKTは、デモが盛んに行われている市庁や光化門周辺の回線品質を向上させたという。

 ユーザーが直接ネットに公開したことで、波紋を呼ぶこともある。ある1枚の写真――ある政治家の車に軍服を着た老人たちが乗っている――は、朝鮮戦争が始まった6月25日の式典に出席した政治家に挨拶しようと、退役軍人がバスに乗り込んでいる様子である。

 ところがインターネットではこの写真に「デモを妨害しようと、団体バスで(軍人を)ソウルに送るところ」という解説がつけられてしまった。写真は瞬く間に広がり、同政治家のWebサイトには非難のコメントが書かれるなどしてアクセスが集中、サイトが一時ダウンするほどだった。

 その後政治家は、この写真の事実と「近くを通り過ぎていた高校生が、携帯電話で撮った写真と推定される」との報道資料を配布。今回の騒動を「魔女狩り」と批判した。

 たった1つの携帯電話のメッセージや写真が、嘘をまことしやかに広め、社会的な波紋を投げかける。というのは逆に見れば、米国産牛肉輸入問題が大変深刻に受け止められており、市民の感心もそれほど高まっていることの表れかもしれない。こうした緊張状態が続くのに伴い、最近では上記以外の偽情報が流れたり、有名人のデモ反対・遺憾発言などに市民が敏感に反応し一斉非難することなどが多くなっている。1カ月以上も続いてきたデモだが、反対派も含めいったん冷静になってみて、解決に向かう実際的な方法をよく考える段階にきているのではないかと思える。

佐々木朋美

 プログラマーを経た後、雑誌、ネットなどでITを中心に執筆するライターに転身。現在、韓国はソウルにて活動中で、韓国に関する記事も多々。IT以外にも経済や女性誌関連記事も執筆するほか翻訳も行っている。


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