第12回 縦か横か、それが問題だ――「タダ本」に思う縦書き横書き論争コンテンツ業界の底辺でイマをぼやく

» 2008年09月11日 19時07分 公開
[トミヤマリュウタ,ITmedia]

 8月末から、ソフトバンクモバイルさんが「タダ本」というサービスを開始しました。とあるサイトで、大学生らしき人が「タダ本いいかも」なんていう書き込みをしているのを見たので、さっそく手持ちのソフトバンク端末でタダ本を見てみました。

Photo ソフトバンクモバイルの新サービス「タダ本」。メニューリストからたどる方法もありますが、「タダ本」と検索してアクセスするのが早いです

 なるほどなるほど。「坊ちゃん」とか「銀河鉄道の夜」とか、いわゆる青空文庫系の名作(「少女地獄」なども含め(笑))は一冊まるごと無料、人気のライトノベル作品は数本が1話無料、あとは新刊や話題の書籍の無料サンプルを“立ち読み”できる、つまりダウンロードできるという感じなんですね。

 「電子書店パピレスとの業務提携で生まれたサービス」とのことですが、パピレスさんでは、そもそも多くの作品で昔から無料サンプルを用意されていましたし、名作文学だって、「いつでも携帯 青空文庫」という無料で読めるサイトがあります。

 そう考えると「だったら別に、わざわざタダ本とか作らなくてもいいのでは?」という意見が出てきそうですけど、世の中一般的には「パピレス? 青空文庫? どうやってそのサイトにたどり着けばいいの?」「たどり着いてもそこから作家とか探せないし」という人の方が多数派です。

 そういう方々に、「タダで本が読めるんですよ~」というこれ以上ないほど分かりやすいネーミング(笑)と簡単な(階層の浅い)ナビゲーションで、電子書籍のダウンロードまで誘導するというタダ本の取り組みは、ユーザーの掘り起こしになるということで意義を感じます。

 前置きが長くなりました。そんなわけでさっそくタダ本で「人間失格」……は鬱になるので、太宰の明るい作品「女性徒」のダウンロードページを開き、「はしがき」を読んでから、ダウンロードしてみたわけですが……。

PhotoPhotoPhoto サイトも端末上のアナウンスもずーっと横書きなので、いきなり縦書きになるとちょっとびっくりする

 あれ? サイト上で表示されていたはしがきからその後の動作確認などはすべて横書きだけど、電子書籍の本文になったらいきなり縦書きに……。

縦書きの文章はいまやマイナー?

 縦書きが嫌ならビューアの設定を横書きにすればいいという話ではあるのですが、普段それほど電子書籍を読んでいない自分としては、ケータイというこの小さなディスプレイの中で、唐突に文章の方向が横から縦へと変わったのに、ちょっと面食らったのでした。

 当社は、Web上の仕事が5割、雑誌などが1.5割、書籍が1.5割、残りは動画を作ったり、企画だけの仕事をしたり……というような割合で仕事をしています。ですので、「横書きだけのウェブ」「縦横入り乱れる雑誌」「縦中心だけども横も増えてきた書籍」という感じで、仕事柄、縦書きも横書きも比較的見馴れているわけですが、気持ちの準備なしに突然縦横が切り替わると、さすがに気持ちが悪いですね。

 さて。いまこの記事を読んでいる読者の方で、ケータイの電子書籍を読むという方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。読んだことのない方でも、仮にケータイで「名作文学」を読むとしたら、縦書き、横書きのどちらで読みますか?

 「文学」といえども、ケータイ……というか、ディスプレイで読むとしたら──。やっぱり「横」ですか? いやいや、それでも書籍はやっぱり「縦」ですか? 結構悩むのではないかと思います。

 しかし、PCでもケータイでもWebは基本的に横書きです。さらにいえば、みなさんが普段、PCで作成しているビジネス文書もまた、よほどのことがない限り横書きですよね。縦書きの企画書とか、あまり見たことがありませんから。そう考えると、普段目にする文章のうち、新聞、一部雑誌、一部書籍以外は、ほとんど横書きなんじゃないでしょうか。自分自身も、縦書きの書籍・雑誌原稿を書くとき以外は、PCでの入力でもノートへの手書きメモでも横書きで書いてしまいます。

 ちょっと気になって調べて(というかググって)みたのですが、どうやら教科書も国語や古文以外は、ほとんど横書きであるという意見が多く見受けられました。英語、算数、理科などは言うに及ばず、どうやら社会の教科書でも横書きが主流になっているもよう。まぁ、子供たちのノートも横書きですしね。

 ちなみに今年の初め、学習塾を全国展開しているとある会社の社長さんにお話を伺う機会がありました。そのときもこの話題になったのですが、その社長さんは「縦書き横書きどころか、いまの教科書はほとんど絵本みたいなもの」とまでおっしゃっていて、そういう教育を受けてきた子供たちが大きくなったときには、「縦書きで見出しすらなく文字詰め詰めの文庫本」なんて、きっと読まなくなるだろうなと思いました……。

 また、あれこれ検索していく中で、作家の森博嗣さんが、やはり縦書き・横書き問題に言及されていました。詳しくはMORI LOG ACADEMYの2007年1月22日のエントリー(http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2007/01/post_930.php)を読んでみてください。「縦書きの文章は今や極めてマイナであり、日本人が読む文章の大半は横書きだ」とまでおっしゃられていて、ご自身が作家なのに……と思わざるをえないステキ論考をされています。「縦書きはもはや、フィクションという物語を際立たせるための意匠」という考え方は面白いですね。

ヤングは書籍でもやっぱり横がいい!

 ケータイやPCで横書きの文章ばかり読んでいる自分ですが、そうはいっても書籍、とくに物語が綴られているような書籍は、縦書きで読みたいなと思っています。一方、PCやケータイ上で、縦書きのテキストを読むか、といわれたら、かなり「?」マークが出ます。「じゃあ、ケータイ上で電子書籍を読むならどっち?」となると、なんだか気持ちがこんがらがってきます。うむむむ。でも、まぁ……やっぱり横ですかね。

 これが、若い世代になれば、「基本的に文章は横」という感覚が圧倒的多数を占めるのでしょう。ケータイ小説やブログが書籍化されても、僕が知っている限りは、横書きのままで綴じられることが多いと思います。ちなみに、「赤い糸」という書籍化されたケータイ小説では、横書きのみならず、文章がずーっと赤文字で印刷されていました。それを見た瞬間、ボクの常識は打ち砕かれました(笑)。そこまでされると、もう「カッコイイわ」とすら思いました。

 なぜ「赤い糸」を読んだのかというと、昨年、とある出版社から、20代前半から後半の働く女性たちを主人公にした、ドキュメンタリー本を作ってほしいという依頼があったためです。ターゲットもその世代向けだというので、「ケータイ小説タッチで書く必要があるかも」と思って、何冊か売れ筋を買ってみたのでした。

 まぁ、結局は、大人の事情で出版が取りやめになったわけですが(笑)、仕事を進めるなかで、20人以上の働く20代女性と立て続けに会いました。その際、毎回「本を読むなら、縦書きのものがいいですか? 横書きのものがいいですか?」と聞くようにしてみました。縦で書くべきか横で書くべきか、まだ迷っていたのです。

 すると、面白いくらい意見が割れました。2008年でいうと24~25歳を境目にして、それより下は横書き、それより上は縦書きと分かりやすく分かれたのです。ここに何があったのかまでは分かりませんが、ケータイ小説の隆盛や学習指導要領の改定などで教科書が変化したタイミングなんかを調べると、何か出てくるのかもしれません。

横書きの「ケータイ名作文学」が誕生──名作すら横書きで読む時代に

 そんな仕事をしていくなか、2007年の秋ごろから、「横書きに慣れたケータイ小説世代に向けて、青空文庫の名作を横書きにして挿絵も入れて出したら面白いかも」という企画を考えるようになり、実際に複数の出版社に投げてみたりしていたのですが、なかなか話が進まず、ほったらかしになっていました。

 結局諦めてしまったのですが、気が付いたらなんと、8月に、ゴマブックスさんからまったく同じアイディアの「ケータイ名作文学」なるシリーズが発売されているじゃないですか(笑)。まぁ、みんな考えることは同じというやつですねぇ……。

 しかし、この取り組みはいいと思います。デスノートの作画・小畑健さんの装画にしたら「人間失格」が大ヒットした……という話が去年話題になりましたが、さらに一歩、中身の文章も、横書きに代表されるようケータイ小説世代向けにデザインしなおし、さらにはその世代が分からないであろう小説上のモノ・コトには注釈までつける……といったことをしていくのは、決して「若い世代に迎合している」などと馬鹿にされることではないでしょう。

 さて、今回の縦書き・横書き論には特に結論はないのですが(笑)、簡単に言うと、縦書き文化は、森さんのおっしゃるとおりで非常にマイナーなものになっているという現実を再認識したわけでございます。クライアント様や上司様から、若い世代向けに商品・サービスを伝えるパンフレットやらリーフレットやらの刷り物作りを依頼されたとき、「なんで文章が横書きなんだ。新聞だって縦書きじゃないか。縦にしろ」なんていわれたときの反論に使っていただけるといいのではないかと(笑)。いや、もちろん年配の方向けに作るのであれば、逆に縦書きを推奨しますけど。

 あれ!? そんなこといいつつも、ウチの名刺、縦書きでした(笑)。ま、まぁまぁまぁ……。

プロフィール:トミヤマリュウタ

ときにライター、ときにデザイナー、ときにプランナー。某携帯電話関連会社にて某着メロ交換サイトを企画するなどといった若気のいたりを経て、2001年に独立。2004年には有限会社r.c.o.を設立。書籍、雑誌、ウェブの執筆・デザインなど、各種制作業務を中心に活動。2006年あたりから始まったケータイ業界再編の波にもまれていうるちに、近年では大手携帯電話会社のコンテンツ企画を手がけることになっていたりと、なんだか不思議な毎日。


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