ケータイの“開く”を支え、端末を新たな形へと導くヒンジ開発を――ストロベリーコーポレーションケータイの未来を創る“裏方”列伝(1/2 ページ)

» 2008年10月24日 07時00分 公開
[荻窪圭,ITmedia]
Photo ストロベリーコーポレーションの常務取締役で主席研究員を務める久保田直基氏

 この業界は、社名から事業内容を推測できない会社が多いけれども、ここもまたその1つだ。その名も「ストロベリーコーポレーション」。社名を聞いても、まさか“ヒンジ開発の会社”だとは思うまい。

 今回の“ケータイの裏方”は、携帯電話の世界でおなじみの「ヒンジ」である。ヒンジというと、今や当たり前になった「2軸ヒンジ」系の凝った構造を思い浮かべるけれども、同じヒンジでも製品によって要求が全然異なるなど、その開発は一筋縄ではいかない。

 そんなケータイ用のヒンジ開発を手がけているのが、ストロベリーコーポレーションだ。同社は日本のケータイ向けヒンジで約50%のシェアを持ち、人気端末のヒンジも多数開発している。

 ところで、ストロベリーコーポレーションという社名は、いったい何に由来しているのだろう。「創立当時のメンバーが食事に行ったとき、そこに“ストロベリースープ”という、不思議なメニューがあったのですが、それを社長が思いきって注文したのがきっかけです。“未知のものに迷わず挑戦する好奇心”を持ち続ける会社でありたいということですね。ちなみに、そのスープはまずかったそうです(笑)」(ストロベリーコーポレーション業務部 副部長の望月実氏)

Photo ストロベリーコーポレーションの社名の由来

フリップ型から折りたたみへ――“開く”を支えるヒンジ開発

Photo 三菱電機製のフリップ端末で通話しているところ。フリップの先にマイクがある

 今回、取材に応じてくれたのは、ストロベリーコーポレーションの常務取締役で主席研究員を務める久保田直基氏だ。

 同社が最初に手がけたケータイ向けヒンジは、三菱電機製のフリップケータイ向けのもの。フリップ型端末は、折りたたみ型が主流になる前に流行った形状だ。ストレート型端末の小型化が進むと、端末を耳に当てたときに、マイクと口との距離が遠くなってしまう。実は、距離が遠くても通話する上で問題はないのだが、携帯電話が普及し始めた当時は、多くの人がそれに違和感を覚えていた。そこでフリップ型というアイデアが出てきたのである。

 「フリップを開くとマイクが口に近づくので、利用者に安心感を与えられます。また、使っていないときにはダイヤルキーがフタで隠れるので、誤操作を防げるというメリットもありました」(久保田氏)

 ここで注目すべきは、メーカーからのリクエストだ。メーカー側は、ただフリップが開くのではなく、高い利便性を追求した開き方を目指しており、その要求はかなり細かいものだったという。

 「メーカーからのリクエストは(1)角度が30度以上になったら自動的に開く(2)30度以下では閉じる(3)150度で止まり、その角度を超えると150度の位置に自動的に戻る というもので、数字だけが来たのです。世界初の試みなので数字だけではよく分からず、試行錯誤しながら開発しました」(久保田氏)

Photo カムと板バネを組み合わせた構造。カムの両側からバネで挟んでおり、フリップを動かすとカムが回転し、バネの力でカムが安定する位置まで自動的に動く

 ちょっと開けばあとは自動で開き、150度以上は開かないようにする――。こうした要望をクリアするのは、なみたいていのことではなかったと久保田氏は振り返る。それを解決したのは、こんなアイデアだ。

 「この仕組みを実現するために、おむすび型のカムを考案しました。構造は書類を挟むダブルクリップから発想しました。書類を挟む代わりにカムを挟もうというわけです。

 これを新潟のバネの工場に頼んだのですが、バネ工場なのでいろいろなバネが現地にあるんです。そこを回ってバネを見ていると、けっこうアイデアが転がってるんですね。最初はバネが片方だけだったのですがそれでは全然動かず、悩みながら行ったら、ダブルクリップがあって、両側からはさめばできるだろう、と。このカムは、そんな発想から生まれました」(久保田氏)

 そして時代はフリップ型から折りたたみ型へと移行する。折りたたみ型のケータイが出てくると、フリップに比べて稼働する側が大きく重くなり、今までの方法ではうまくいかなくなる。そこで、考案したのが板バネとスプリングを組み合わせた構造だ。

 「折りたたみ型になると、稼働側ボディが数倍重くなるので“ポン”と跳ね上げるには板バネの力では足りなくなるんです。そこで板バネから巻いたスプリングにしました。今度はカムを2つ付け、片方をバネで押します。それを回すと、バネの力で無理矢理カムが噛み合う位置に落ちようとするんです。普段は凹凸が噛み合っているのですが、それを回すと凹凸がずれます。でも、バネの力で次の傾斜部分に落ちようとするので、それが自動的に回転する力となります。つまりスプリングは、カムを強く押しているだけ。バネの力に逆らって回すんです」(久保田氏)

Photo バネはカムを押しているだけで、ヒンジを回して傾斜にかかると、溝に落ちようとする。これによって、ある程度開けると自動的に止まるようになっている

 ヒンジには、“日本市場ならでは”の工夫も盛り込まれている。それは、端末を開いたときに任意の位置でディスプレイ部を止められる「フリーストップ」機構だ。

 「凹凸が噛み合わない箇所はフリーストップになっていて、端末を開いたあとに、ディスプレイを好きな位置で止められるようになっています。実はフリーストップの要望があるのは日本だけで、海外からの要望はないですね。日本のメーカーに、フリーストップが必要な理由を尋ねると、『メールを打ったり、机の上で時計として使ったりするとき、画面を好きな角度で止めたいというニーズがあるから』ということでした。そのために難しいことをやっています(笑)。“閉じるか開くか”だけなら楽なのですが、“止めるための力はどのくらい必要か”というところが難しいんですね。最近では“ワンセグを見る”という使い道があるので、画面を見たい角度で止めるためのフリーストップ時の力が強くなってます」(久保田氏)

 ちなみに、試してみると本当にそうだった。確かに日本の端末は途中で止められるが、手元にあったMotorola端末はそれができず、45度くらいでパタンと閉じてしまい、70度くらいだと開いてしまう。

 つまり、ヒンジのおかげで日本のケータイは好きな角度で止められるのだ。ありがたや。こんなちょっとしたことにも国による違いがあったとは。

 最近では端末の薄型化がトレンドになっており、それに伴ってヒンジ開発にも工夫が求められるという。ストロベリーコーポレーションは、前身がバネの会社であるため、それは得意とするところだ。

 「今はヒンジの直径が小さくなっていますから、バネの力もどんどん強くなってます。ストロベリーコーポレーションはもともとがバネ屋なので、バネの設計や製作は得意なんです」(久保田氏)

 ここで、ヒンジ部分だけを見せてもらって手で回してみると、まったく回らない。バネの力はすごく強い。

 「小さいですが、力はけっこう強いんです。ディスプレイや本体を取り付けてその端を持つから、てこの原理でさっと動かせるんです」(久保田氏)

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