進化を続けるモバイル向けUIの最前線──シリコンバレーで見た未来(後編)(2/2 ページ)

» 2009年02月16日 19時30分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]
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 そうであるなら、ユーザーは本来、ただ仕事を完遂することにのみ注意を払うだけでいい。そのような最終目標に向かって、「ああしろ、こうしろ」と命令を下すだけで、システム側で適切なアプリケーションを迅速に立ち上げ、適切な処理を実行してくれるべきだ。つまりUI的には「仕事」が前面に押し出され、「アプリ」はその背後に隠れるイメージである。これがラスキン氏の言う「仕事中心の情報処理」、あるいは「人間の活動を基本とする情報処理(Activity Based Computing)」と呼ばれるものだ。

 ラスキン氏が言うとおり、この新しい情報処理のスタイルは、モバイル端末により適している。なぜなら屋外の慌ただしい諸環境で使われるモバイル端末では、PCのように両手を使って、1つ1つ順番にアプリケーションを起動し、そこからメニューを開いて、何らかのデータをコピーし、別のアプリケーションにペーストする、といった悠長な作業は基本的に難しいからだ。

こうした見方は、前編で仏Stantumのモバイルコンピュータに筆者が下した論評と矛盾していることは承知している。あえて弁明すれば、彼らの方式は一里塚に過ぎないのである。つまりモバイル端末でPCのように込み入った作業ができるのは、ホテルのロビーなど一部の落ち着いた環境に限定される。これを想定して開発されたStantumのUIは、現時点における言わば妥協案だ。だが、最終的にはあらゆる状況における、あらゆる活動を支援する情報処理が求められている。それが「Activity Based Computing」であり、その一例が「人間の発する言葉でモバイル端末を自由自在に操るUI」である。Ubiquityはそこへと向かう第一歩なのだ。

 ラスキン氏に加え、今回の取材でインタビューしたそのほかのUIの専門家、例えばカリフォルニア大学バークレイ分校・デザイン研究所のジョン・カニー教授やIBMアルマーデン研究所のシューミン・ツァイ博士らは、「人間の活動を中心とする情報処理こそが、これからの進む道である」と口をそろえる。つまりUIの研究開発における、1つの潮流を形成しつつあると言えるだろう。

 余談だが、彼の父親のジェフ・ラスキン(Jef Raskin)氏は、1979年にApple Computer(当時)で、Macintoshの開発プロジェクトを始めた人だ。言わばGUIの「育ての親」とでも呼ぶべき人物の息子が、ある意味で父親と逆の方向を目指して進み始めているのは興味深い。

5年前にもあった、革新的UI──その成否を分けたものとは

 さて、前後編を通して、次世代モバイルUIの有力候補となる様々な要素技術やコンピューティング・スタイルを見てきた。実は、これ以外にも国内外を問わず数多の研究者やエンジニアたちが、様々な技術や方式を発案している。しかし、その大半は単なるアイディアや試作機レベルにとどまり、何とか製品化に持ち込んでも、ほとんど日の目を見ることなく市場から姿を消している。かつてのマウスやGUIのように、あまねく大衆に普及するUIは文字通り「世紀の発明」なのだ。そんな成功と失敗の分かれ目は、どこにあるのだろうか。それを探るために、以下のビデオをご覧頂こう。これはiPhoneが生まれる前の、2003年頃に商品化されたスマートフォンのデモである。

 このスマートフォンはタッチパネルを中心にした基本コンセプトが、現在のiPhoneと全く同じである。もちろん製品仕様をつぶさにチェックすれば、異なる点はいくつもある。例えばiPhoneのタッチパネルは静電容量方式だが、この製品は抵抗膜方式である。またiPhoneはダブルタッチ(2本の指での操作が可能)だが、この製品はシングルタッチ(1本の指でのみ操作可能)だ。しかし、オブジェクトのタッチ操作をUIの基軸に据えたこと、それを加速度センサーで補強したこと、電話機能に加えてWebブラウジングや高度な画像処理機能を実装していることなど、その基本となる商品コンセプトは驚くほどiPhoneと似通っている。

 もともと、このスマートフォンはフィンランドの(恐らく世界的には無名の)某メーカーが開発したものだった。先の映像に登場した女性、グロリア・マチェイコ(Gloria Maceiko)氏はこれに目をつけ、米国に持ち込んで売り出そうとした。カリフォルニア州にF-Originという会社を設立し、米国の主要キャリアやメーカーを巻き込んで製品化しようとしたのだ。しかし、残念ながらどのキャリアからも相手にはしてもらえなかったという。また映像の終盤で彼女自信が言っていたように、日本の主要キャリアやメーカーにも(恐らく試作機段階の)製品を見せたが、米国での反応と同様、どこも関心を示さなかった。結局、フィンランドで商品化したが、ほとんど注目されることはなかった。しかし最近のiPhoneブームに乗じて、もう一度、本格的に市場に投入しようとしているという。

 なぜiPhoneは世界的な成功を収めたのに、F-Originのスマートフォンはほぼ黙殺されてしまったのだろうか。例えば「Appleのようなネーム・バリューを持っていないから」というのは言い訳に過ぎない。Appleだってもともとは無名の弱小メーカーだったが、それでも1980年代にMacintoshで大成功を収めている。

 そのほかにすぐ思いつく要因としては「タイミングの問題」、つまり機が熟していなかった、ということがある。F-Originのスマートフォンが開発された2003年には、少なくとも米国の携帯電話ネットワークはまだ第2世代(GSM)が大半で、携帯端末の上でPC並みのWebブラウジングを実現することなど、事実上不可能だったに違いない。その頃に、今のiPhoneと同じ商品コンセプトを打ち出したことは、明らかに時期尚早であった。

 もう1つの要因としては、製品としての完成度が低かったこともあるだろう。筆者が実際に使ってみた感触では、まずタッチパネルが堅すぎて、圧力に反応する抵抗膜方式には向いていない。例えばソフトウェアキーボードを表示して、誰かの電話番号をプッシュする際など、慣れないうちは、いくら強く押しても中々入力できなかった。むしろ指先で押すというより、爪でコツコツと叩くほどの衝撃が必要であった。要するに、iPhoneのような快適な操作感からは程遠いという印象を受けた。また、その分厚くかさばるボディは、お世辞にも洗練されたデザインとは言えない。

 結局、この製品は全体から細部に渡る作り込みが不十分ということなのだろう。しばしば指摘されるように、ある製品の成否を左右するのは、その基本コンセプトよりも、むしろ製品としての作り込み具合なのだ。スティーブ・ジョブズ氏を中心とするAppleの開発チームが、商品の細部から梱包の仕方までに異常にこだわることはよく知られているが、F-Originのスマートフォンには、完成度や美意識に対して、そこまで徹底追及した形跡は見当たらない。

 3つ目の要因は、革新的商品を投入するための地ならしが欠けていたことだ。このあたりの事情を、米国有数のデザイン・コンサルティング会社IDEOのモバイル商品担当者ロバート・スアレツ(Robert Suarez)氏は次のように語る。

 「革新的な商品をいきなり市場に送り出しても、たいていの人々は受け入れてくれない。その点、Appleは2001年からiPodを投入することによって、2007年のiPhone投入への地ならしをしてきた。例えばiPodのテレビCMに登場した、シルエットの若者達が踊る姿。ああいった一種の『かっこよさ(cool image)』がiPodの直感的操作とヒモ付けて連想され、それが一種のブランドと化した。我々はそれを『ブランド化された操作(Branded Behavior)』と呼ぶ。こうして消費者の間に『では、次に発売される新製品では、どんな操作方法が提供されるのだろう』という期待が高まったときに、iPodの操作感をさらに上回るiPhoneを投入したので、それが受け入れられたのだ」(スアレツ氏)

 結局、新しい方式が広くユーザーに普及し、社会に定着するか否かは、単に技術の問題に留まらず、商品としての完成度、それが投入されるタイミングや周到な下準備を始め、さまざまな要因に左右される。特にモバイルUIでは、既に導入が始まったタッチパネルのみならず、音声認識やペン入力など、これまであまり使われなかった要素技術に期待が集まっている。さらに、そうした基盤の上に構築される「人間の活動を基本とする情報処理(Activity Based Computing)」も、恐らく1980年代から表舞台に登場してきたGUI以上に飛躍的な変革となろう。このためキャリアやメーカーも、「単に技術が熟してきたから」あるいは「UIのトレンドが、そちらに向かっているから」との理由だけで、うかつに商品開発に踏み切ることはできない。

 こうした中で、ユーザーの意見は商品開発のかじ取りにおいて、強力な羅針盤となるだろう。もちろん、それは場合によりけりである。以前から、ユーザー(消費者)の声を商品開発に生かす聞き取り調査やフォーカス・グループ法などは、広く行われている。しかし一方で、そうした消費者調査は本当に革新的な人気商品を生み出すことにはつながらない、とする意見もある。例えば、かつて本田宗一郎氏は「消費者は批評家であって、作家ではない。メーカーが作家である。作家が全く新しい商品を提示したときに、消費者は初めて自らが何を求めていたかを知るのである」と語っている。スティーブ・ジョブズ氏もほぼ同じ見解の持ち主と言われる。

 しかし実際にさまざまな次世代UI候補を見た後で、批評家としての読者の意見は、今後日本のモバイル業界が新型端末を開発する上で、極めて有益な判断材料になると思われる。本文が次世代ケータイの方向性に関する、活発な議論を巻き起こす契機になれば幸いである。

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