ITmedia Mobile 20周年特集

キーワードは「停滞と変化」――2009年のモバイル業界を振り返る(前編)神尾寿のMobile+Views(1/2 ページ)

» 2009年12月30日 16時30分 公開
[神尾寿ITmedia]

 2009年も、あと少しで終わろうとしている。

 これはモバイル業界に限ったことではないが、2009年の市場環境はとても厳しいものだった。リーマン・ショック後の景気後退と需要急減の余波は収まらず、筆者のもう1つの専門分野である自動車業界では、「100年に1度の不況」があらゆるスピーチの枕詞になるありさまだった。高付加価値・高価格・高級なモノやサービスはさっぱり売れず、代わりに割安感があり、実用性に富むブランドが躍進した。

 モバイル業界を見ても、端末販売市場は全体的に冷え込み、キャリア間の競争も盛り上がりに欠けた。特に2009年前半は多くのユーザーが端末買い替えサイクルの狭間に入ったこともあり、市場全体に停滞感や閉塞感があったのは事実だろう。

 しかしその一方で、新たな変化の兆しが見られたのも事実だ。キャリア各社は2010年以降に向けて新たなサービスやビジネスの種をまき、次世代に向けた新サービスもいくつか提案された。逆風下の端末市場でも、「iPhone 3GS」の躍進やAndroid端末の登場、モバイルデータ通信端末の販売数がかつてない伸びを示すなど変化が起き始めている。

 2009年はどのような年だったのか。そして2010年はどのような1年になるのか。今回のMobile+Viewsは年末特別編として、2009年の業界動向を振り返りつつ、筆者の率直な感想と評価を述べたい思う。

安定基盤の下に、種蒔きに成功したドコモ

 NTTドコモの山田隆持社長は、2009年を評して「種蒔きの年」と語った。まさに今年のドコモは、解約率の低さに支えながら、種蒔きに終始していたといってもいいだろう。

 まず足元の競争環境で見れば、2009年はドコモの「2年契約割引(ファミ割MAX50/ひとりでも割)」と、販売規模の多かった905iシリーズの「2年割賦払い」というダブルの“2年縛り”が明ける直前に位置し、それが解約率の驚異的な低さにつながった。さらにドコモはこの数年間、携帯電話キャリアにとって重要な「インフラ強化」を地道に続け、同社のFOMAインフラはエリアの広さ・通信品質のよさで随一のものになった。

 端末ラインアップをつぶさに見れば、ドコモの競争力が圧倒的というわけではないのだが、それでもドコモが安定的な成長ができたのは、料金プラン・販売モデルによる囲い込み効果と、インフラ力による安心感からくる解約抑制効果によるものが大きい。そして、この“足元の安定”により、ドコモは2009年、大小様々な未来への投資を行った。

 それらの種まきの中で、もっとも重要なものが「オートGPS対応iコンシェル」と「スマートフォン」だろう。

 iコンシェルは従来のiモードの延長線上に位置するが、そのコンセプトやサービス内容は時代を先取りしている。詳しくは別記事を参照してもらいたいが、今後のモバイルインターネットでは「リアル連携」を軸に、コンテンツやサービスの洗練された提供が重要になる。iコンシェルではGPSや非接触IC(おサイフケータイ)を用いて、そこに独自のアプローチをしている。これはAppleやGoogleのモバイル戦略と並んで、注目の取り組みだ。

 iコンシェルはまだ発展途上であり、PC向けWebサービスとの連携の弱さや、オートGPS対応iコンシェルに対応したモデルが主力のSTYLEシリーズに少ないなど、課題も多く残されている。また後述するスマートフォン分野ではなく従来型の携帯電話向けサービスのため、「海外市場への発展性はあるのか。またもや日本固有のサービスでメーカー・コンテンツプロバイダーの負担になるのではないか」という不安や批判も生じるだろう。来年、ドコモはこれらの問題をいち早く解消し、iコンシェルの可能性を引き出す必要がある。

 一方、スマートフォンについてもドコモは積極的だ。同社はiPhoneの販売権を逃して以降、この分野で後れを取っているが、国内初のAndroid端末である「HT-03A」や、「T-01A」を始めとする多数のWindows Phoneラインアップの投入、さらにはRIMの「BlackBerry Bold」を拡販するなど、今年はスマートフォン重視の姿勢をさらに強くした。またiPhone 3GSの好調ぶりに経営陣は神経をとがらせており、山田社長が会議で「なぜ、うち(ドコモ)のスマートフォンはiPhoneに負けるのか」と檄を飛ばすことが度々あったという。

 このようにドコモはスマートフォンを重視してはいるものの、Appleとソフトバンクモバイルの「iPhoneタッグ」に結局は勝てなかった。その原因の1つは“iPhone並みに魅力的なスマートフォンを獲得できなかった”ことにあるが、一方でドコモが従来型の携帯電話ラインアップに配慮し、ソフトバンクモバイルがiPhoneに対して行ったほどの厚遇を、自社のスマートフォンに向けられなかったことも理由だろう。ドコモは2010年、ソニー・エリクソンの「XPERIA X10」を筆頭に、魅力的なスマートフォンを獲得できる可能性が高い。その際に、料金プランや販売施策において、iPhone並みの優遇や厚遇ができるか。ここがドコモにとって試金石になりそうだ。

 ほかにもドコモは、「ゼンリンデータコムとの提携強化」や「ウェザー・サービスとの資本提携」などリアル連携分野への投資、「タタドコモの設立」を筆頭とする海外事業の再強化、北海道で実証実験する「サイクルシェアリング事業の推進」、東京大学医学部附属病院と連携する「医療分野のモバイル機器利用を共同研究」など多数の取り組みを行っており、これらはすべて次の10年のモバイルビジネスで重要分野になりそうなものだ。むろん、すべてが確実な成果を生むとは限らないが、長期的視野に立った投資を行い、新ビジネス・新市場の創出に向けて積極的に取り組む姿勢は重要だろう。

 一方で、ドコモの今後に不安があるとすると、長期的・大型の将来投資は充実している反面、短期的な店頭競争でのトレンド変化への対応力がやや弱いと感じるところだ。とりわけそれを強く感じるのがデータ通信端末での競争で、イー・モバイルの「Pocket WiFi」のような製品をいち早く出せなかったところに、ドコモのフットワークの悪さが垣間見える。非携帯電話のデータ通信端末市場は2010年にさらに広がる見込みであり、従来型の携帯電話のようなオーダーメイド型の製品だけでなく、既存の端末を組み合わせた形の商品やサービスも続々と出てくるだろう。ここでは店頭トレンドを先読みする力と、商品化に向けた決断と行動の速さが求められるのだが、それがドコモには乏しいのだ。

 また、もう1つドコモの不安は、4シリーズ化以降の端末ラインアップが総花的で、いまひとつコンセプトの提案力や戦略に欠けるところだ。iコンシェルなどサービス面は優れており、個々の端末の魅力・競争力は低くないはずなのだが、“4シリーズ”のラインアップで見るとメッセージ性に欠けていた。それぞれのシリーズが何を意味しているのか、ドコモが何を提案したいのかがぼやけているのだ。来年はスマートフォンの重要性も増していき、端末ラインアップの構成作りはさらに重要になる。ドコモは4シリーズ化の意義を見直し、メーカー・端末の個性がきちんと引き出せる環境作りをする必要があるだろう。

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