今、何が起きているのか――モバイルコンピューティングの時代書籍「モバイル・コンピューティング」第一章(1)

» 2010年03月26日 20時50分 公開
[ITmedia]
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この記事について

 この記事は、PHP研究所が発行する書籍「モバイル・コンピューティング」(著者:小林雅一)の第1章を、出版社の許可を得て転載したものです。


 2007年6月の発売と同時に世界的なブームを巻き起こしたiPhone。「次世代の携帯電話(スマートフォン)」として新聞やテレビでも盛んに取り上げられたが、実際にiPhoneを使ってみた人は、これを携帯電話とは見ていない。たとえば、アスキー総研が2009年6月に発表した「iPhoneの利用実態調査(有効回答者数:736人)」によれば、「iPhoneをたとえる表現として印象に最も近いものは何か?」という問いに対し、「身につけられる、常に持ち歩けるコンピュータ」が全回答者の43%でトップ。次いで「いつでも、どこでも使えるコンピュータ」が38%であった。つまり使ってみた人の実感によれば、iPhoneは携帯電話というより「モバイル・コンピュータ」なのである。

 今、このiPhoneやそれを追撃するグーグルの「Android」(詳細は後述)などを中心に、「モバイル・コンピューティング」とでも呼ぶべき新たな主力産業が勃興しつつある。それは1980年代に急成長し、ハイテク分野の旗頭として世界経済をけん引してきたPC産業に匹敵する、いやそれを遥かに凌ぐ巨大産業への成長が期待されている。

 一つの理由は潜在的な市場規模である。2009年9月時点で、日本における携帯電話の加入者数は1億1000万人余りだが、中国では約7億1000万人、インドでは約4億6000万人に達する。携帯電話の基地局は、設置コストが比較的少なくて済むので、アフリカのような発展途上の地域でも急速に普及している。ウガンダでは、電気(発電所を中心とする配電網)は全国民の10%にしか普及していないのに、携帯電話の普及率は30%にも達する。ウガンダの国民は自動車のバッテリーや太陽電池を使って携帯電話機を充電し、それを家族全員で共用している。彼らにとって携帯電話は、家族や親せきの安否を確かめる上で不可欠のものだ(CNET News記事「For Uganda,s poor, a cellular connection」より)。

 日本のような先進国からウガンダのような発展途上国まで総合すると、全世界における携帯電話の普及台数は2005年に22億台、2007年には33億台に達し、そう遠くない将来に50億台に達すると見られている。これらは今や単なる電話機というより、汎用の情報処理端末つまり「コンピュータ」としての性格を強めている。特に市場が急成長しているiPhoneやアンドロイド端末のようなスマートフォン、いやモバイル・コンピュータの性能は、かつてのスーパー・コンピュータ「クレイ」を遥かに凌ぐ。たとえば、初代アンドロイド端末「HTC Dream(T-Mobile G1)」のCPU(中央処理装置)の処理速度は初代クレイの6.5倍、メモリーの容量は実に48倍に達する(『クラウド大全』日経BP社出版局より)。つまり全世界の50億人が、かつてのスパコンを楽々と上回るモバイル・コンピュータを持つ時代が間近に迫っているのだ。

 これが私たちの社会に及ぼす影響は計り知れない。それは従来のPCとの比較から明らかである。80年代に普及したパソコンは、いわゆるデスクトップ・コンピューティング、つまり「机上の情報処理」に革命をもたらした。たとえば、ワープロや表計算ソフトを始めとした多彩なアプリケーション・ソフトは、オフィスの生産性を飛躍的に高めると共に、その後登場したワールド・ワイド・ウエブやブラウザーなどのインターネット・アプリケーションと相まって、私たち個人のコミュニケーションや消費スタイル、情報入手の仕方などを劇的に変えた。

 しかし、今登場しつつあるモバイル・コンピュータ、つまり「身につけられる、常に持ち歩けるコンピュータ」が対象とする範囲は、「机上の情報処理」を遥かに超え、私たちが活動する全生活空間を完璧に包含する。それは「人間の活動をベースとする情報処理(Activity Based Computing:ABC)」、「実世界指向の情報処理」、あるいは「拡張現実(Augmented Reality)」などと呼ばれ、いずれも現実世界における私たちの活動をサポートするコンピューティングである(具体的な事例は第2、4章で紹介)。これによって、iPhoneとそれに続く一連のモバイル・コンピュータは今後、私たちの生活全てを塗り替えてしまうだろう。

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