ソーシャルゲーム全盛時代に「PS Vita」はどう離陸するのか本田雅一のクロスオーバーデジタル

» 2011年12月15日 22時30分 公開
[本田雅一,ITmedia]

社長になって初めての大型新製品ローンチに臨むハウス氏

ソニー・コンピュータエンタテインメントのアンドリュー・ハウス社長兼CEO

 有機ELディスプレイ、ARMクアッドコアCPU、3GとWi-FIの通信機能、新コントロールデバイス、大容量ストレージ、多様なセンサー。7年間で7310万台以上を売り上げてきたPSP(プレイステーション・ポータブル)の後継製品「PlayStation Vita(PS Vita)」が12月17日、24本の発売同時タイトルとともに3G/Wi-Fiモデルが2万9980円、Wi-Fiモデルが2万4980円で発売される。

 6月にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)社長兼CEOに就任したアンドリュー・ハウス氏にとって、最初の大きな製品ローンチになる。SCEは過去5年、赤字決算を続けていたが、PS3(プレイステーション3)のコストダウンや販売台数増加などに支えられ、守りから攻めに転じるタイミングを迎えている。PSPの販売も、相変わらず国内では好調を維持しているという。

 PS Vitaとそれを取り巻く事業環境や戦略について、ハウス氏に話を聞いた。なお、取材はグループインタビュー形式で行われている。

PS Vitaはコアゲーマー向け?

 PS Vitaの発表会会場で説明を聞いた当時、筆者には1つの疑問があった。“コアゲーマー向けの、中身の濃い作り込んだゲーム”を遊べる、ゲーム専用のポータブル機とは、すなわちPSPの延長線上にあるコンセプトであり、従来のコンソールゲーム機が歩んできた歴史を、ポータブルの世界でトレースしているのではないか。

 しかし、PSPが最も好調な日本市場を見ると、かつてポータブルゲーム機でゲームを手軽に遊んでいた人たちは、今はスマートフォンやタブレット端末でゲームを遊んでいる。特に昨今増えているのが、SNSで提供されているソーシャルゲームの利用者だ。カジュアルゲーム市場をソーシャルゲームが浸食し続けていると言ってもいいかもしれない。

 ハウス氏は「(汎用Android端末でプレイステーション品質のゲームを遊べる)PlayStation Suiteが、カジュアルゲームからコアゲームへのマイグレーションブリッジ(移行の橋渡し)になる」と話し、スマートフォンからゲーム専用機へとつながるシームレスなゲーム体験の環境を提供していることを強調した。しかし、ソーシャルゲームの台頭は、そのシナリオを崩してしまう可能性もある。現在、流行しているソーシャルゲームの延長線上に、コアゲームが存在していないからだ。

―― カジュアルゲーマーがソーシャルゲームに向かうと、コアゲームを嗜好(しこう)するようになるユーザーも結果的に減ってしまうのではないですか?

ハウス氏 (DeNAやグリーなど、ソーシャルゲームが成功している)日本市場では、現時点でもPSP市場がとても大きいので可能性があります。これが1点。

 また、ソーシャルの要素はカジュアルゲームの世界だけを変えているわけではありません。例えば、SCEのロンドンゲームスタジオが開発した「リトルビッグプラネット」は、ユーザーがゲームに組み込まれたツールを使い、通信サービスを通じて遊びを広げました。ゲームの作りはコアゲームそのものですが、そこにソーシャルの要素を持ち込むことでゲーム性を大幅に引き上げています。

 PS Vitaは通信やSNS連動を重視した作りになっているため、コアゲームにソーシャルの要素が組み合わさることで、新しい遊びを生み出せると思います。

―― 昔のカジュアルゲーマーはゲーム機を自分で買っていました。しかし、今やスマートフォンやタブレットといった汎用端末で、かなり完成度の高いゲームが遊べます。ゲームを遊ぶために必要な機器代は2万数千円ではなく、見かけ上は0円です。ゲームそのものも無料で配布しアイテム課金が主流になっています。はたして彼らはPS Vitaを将来、買ってくれるでしょうか?

ハウス氏 オンラインのゲーム流通は混沌としています。例えばAndroid Marketでは、面白いゲームとつまらないゲームの区別がまったくできません。PlayStation Storeで整理することで、より分かりやすく、買いやすい環境を提供できるでしょう。

 また、0円でダウンロードしてすぐに遊べる“フリーミアム”モデルのゲームは、ソニーオンラインエンタテインメント(SOE)が色々とトライしてきて、SCEとして経験を積んできています。どのようなスタイルがいいかはゲームごとに異なるため、画一的な答えはありませんが、当然、考えていかなければならないと認識して取り組んでいます。

―― 昨今は、どんな事業者も“プラットフォーマー(他社にビジネス基盤を提供する事業者)”になろうとしています。PS Suite、PS Vita、それをつなぐPlayStation Online.。この上に自社のソーシャルゲームプラットフォームを作ろうとする企業が出てきた場合、SCEはどのようなスタンスで対応しますか。

 例えば、グリーやDeNAが無料のゲーム実行用コンテナを配布し、そのアプリ内でゲームの流通やアプリ内課金によるアイテム販売を行おうとした場合、ソニーはそれを許容しますか?

ハウス氏 PS Onlineの有料IDは全世界で9000万あります。これを活用することで、ソーシャルゲームの世界でもアドバンテージを取れるのではないかと考えています。PS3やPSP、PS Vitaといった独自プラットフォームに加え、PS Suiteが加わることで、利用者の幅は広がっていきます。我々のプラットフォームの上に、別のゲームプラットフォームをかぶせる場合どうするかについては、まだ具体的な判断はしていません。

スマートフォン、タブレットが広がる中でPS Vitaが普及するシナリオは?

―― ゲーム機は新しい世代が登場しても古い世代を併売し、安価になった旧世代機が新興国市場へと広がっていくというサイクルを繰り返してきました。しかし、現在新興国では先にスマートフォンの普及・浸透が進んでいます。この点で、PS Vita投入後にPSPが新興国へとスライドしていくというシナリオは描きにくくなりませんか?

ハウス氏 昨今は新興国といっても、さまざまな地域での経済発展があり、例えばPS3などは既に新興国での販売を開始しています。親会社のソニーの販売インフラを通じて、これまでSCEがカバーしていなかった地域でも発売しているのです。こうした経験が生きているので、昔のシナリオ通りではないからといって、想定外という話ではありません。

 ただ、新興国では違法コピーなどの問題があるので、PS Vitaではセキュリティ機能を強化し、ゲーム開発パートナーに対していいビジネスモデルを提供できるよう配慮しています。また、PSPに99ユーロの低価格モデルを追加するなど、既存機種の低価格化にも積極的に取り組んでいます。

―― PS Vitaは、現在のハイエンドスマートフォンのスペックを考えると、現時点では大きく上回っているものの、従来のゲーム機に比べると過激なスペックではありません。これは言い換えるとハードが陳腐化しやすい、ということではありませんか。これによってゲーム機のビジネスモデルは変化すると思いますか?

ハウス氏 スペックのターゲットをどこに置くか? という部分は、ビジネスモデルと関連する深い意味はありません。また、ポータブルゲーム機、据え置き機、ともにモデルサイクルの作り方は既に変化しています。例えばPSPは、従来の一般的なゲーム機のプラットフォームよりも長い、発売から7年の年月が経過していますが、今でも好調に売れ続けています。製品のモデルサイクルは、むしろゲームソフトの戦略と連動する側面の方が大きいと思います。

 PS Vitaに関しては、SNSや通信との連携をシステムとして組み込んでいます。これがエンターテインメント性を引き出す鍵になっているので、うまくコミュニケーション機能を使いこなすゲームを提案していくなど、使い方によってはさらに長いライフサイクルのプラットフォームにしていけると思います。

 また、最先端のパフォーマンスを出せるゲーム開発者との関係構築、開発サポートなどは長い経験を持つ私たちの方が上だと思います。また、技術的にはプロセッサのコア数やピーク性能といった数値もゲームパフォーマンスに関係するものの、それだけでゲーム機としてのパフォーマンスが決まるわけではありません。オーバーヘッドの大きなOSや、各ハードウェアのパフォーマンスを合わせ込む必要もあります。

―― ユーザーはスマートフォンやタブレットを普段から使っています。PS Vitaに、汎用情報端末としての機能を組み込む可能性はありますか?

ハウス氏 まず、PlayStationはゲーム機です。しかし、ユーザーは自由に製品を使いこなすでしょう。その結果、想定していなかった使われ方をする場合があります。例えば、米国ではテレビでネットワークサービスを楽しむ端末としてPS3を使うケースも多いです。欧州では若年層がPS3を購入して自分の部屋に置きましたが、それをリビングに移して家族みんなで楽しむ事例が増えました。これと同じように、PS Vitaの向かう方向もユーザーが決めていくでしょう。


 今、ゲーム業界はビジネスモデルの変革期だ。果たしてSCEは新しい枠組みにどのように自らの製品やサービスを合わせて来るのか。最新のPS Vitaは、デジタル配信、SNS時代のプラットフォームの試金石として、その行く末に注目したい。

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