PHSで1Mbpsの真実──総務省の示した次世代PHSの姿

総務省はIMT-2000時代における次世代PHSに関する答申を発表した。その内容はIMT-2000との干渉を考慮しつつ,最大1Mbpsという高速なデータ通信を実現するという革新的なものだが……。

【国内記事】 2001年7月3日更新

総務省が7月14日に公開した答申は,現状のPHSの帯域をそのまま活用し,干渉が懸念されるIMT-2000との共存も考慮の上でPHSの通信速度を最大1Mbpsまで高速化するというもの。通信コストなどは現時点では不明だが,実現すればPHSはさらなる強力なモバイル通信手段になる。

 ただし今回公開されたのは基地局から端末,俗に言うラストワンマイルに関する部分のみ。電波状況に応じて変調方式を変更し,ワイドバンド化(現状の約3倍),フレーム当たりのスロット数を倍にするといった手法を取り入れ,1つの基地局と端末間で最大1Mbpsのデータ通信速度を実現するというものだ(総務省の発表参照)。

 1Mbpsというデータ通信速度は現時点でのIMT-2000(NTTドコモのFOMA)の下り最大384Kbpsを軽々と上回っており,モバイラーにとっては正に文句ない通信速度だ。

来春の実用化は期待できるのか

 総務省では法整備が整うのが2002年初頭としており,実用化は早くても来年春との見解だ。しかし“法整備が整えば実用化”という点には大きな疑問が残る。

 まず問題になるのはバックボーンだ。現在PHSはバックボーンにISDN網を利用している(5月28日の記事参照)。1つの基地局に2回線が引き込まれているので,4つのBチャンネルをフルに使用してもデータ通信速度は256Kbps。高度化PHSでもバックボーンに公衆網を利用するという部分に変更はないようだが,高速化にどう対応するのかという点に関しては総務省は言及していない。

 もっともバックボーンに関しては,現状でもADSLを用いるといった現実的な選択肢はある。各基地局へメタル線を新たに1回線ずつ追加すれば,下りだけならばメガビットクラスのデータ通信速度を低コストで実現することは容易だ。

 しかし,仮にバックボーンの問題が解決したとしても,もっと重要な問題がある。インフラ整備に掛かるコストだ。高度化PHSでは基地局の改修が必須であり,しかもPHSの基地局数は10万オーダーだ。改修を都市部に限定したとしてもそのコストは決して小さくはない。

 もちろんバックボーンにADSLを使用しても基地局の維持費は確実に増加する。そもそもADSLには基地局からの距離が限定されるという問題があり,すべての基地局で利用できるわけではない。都市部であっても利用できない可能性もあるのだ。

 しかも各PHS事業者の収益状況は決して芳しくない。最大手であるDDIポケットだけが唯一PHS事業単独で成り立っている状況。法整備が整い,技術的問題がクリアになったといっても,高度化PHSに着手するPHS事業者は果たしているのだろうか。

ラストワンマイルはPHSでなくてもいい?

 さらなる疑問もある。そもそも現状のインフラをそのまま活用できないなら,ラストワンマイルをPHSでカバーする意義が今一つ見えない。

 例えば現在主流の無線LAN規格であるIEEE802.11bなら,既にクライアント用のPCカードが実売で1万円を割り込んでいる。現状のインフラに手を入れる,もしくは再構築が必要ならば,なにもラストワンマイルがPHSである必要性はない。

 802.11bベースでの屋外インターネット接続は既に実験が始まっている(6月7日の記事参照)。世界的に見ても日本は無線LAN機器が非常に安い状況であり,少なくともアクセスポイントを店舗内などに設置するならば,これらの安価な無線LAN機器を流用することも難しくないはずだ。

 総務省では自営コードレスに関しても高度化を考えているという。つまりコードレスホンを利用して家中どこでも高速インターネット接続を,という考え方だろう。しかし,これこそ低価格化が進んだ無線LANに対してメリットが見えないのではないだろうか。

技術だけでは成立しない次世代PHS

 高度化PHSに関してはPHSキャリアも静観の構えだ。最大手であるDDIポケットは技術的には注目するが,実用化に関してはまったく白紙だという。同社は「既存インフラを徹底活用したAirH"の普及の方が現在は重要課題であり,その先に需要が見込めるなら検討はしたい」といったスタンスだ。

 NTTドコモは未だに順次64Kbps対応を進めている段階だし,アステルに至っては64Kbps化に関してすら基地局の改修を避けている状況。今更いうまでもないがPHS事業の収益状況はよくないし,劇的に好転する材料もなかなか見つからない。この状況で高度化PHSに進むかどうかなど現実的な話ではないだろう。

 高度化PHSにメリットが生まれるとすれば基地局が耐用年数を超え,サービス維持のために基地局改修を行う時期に差し掛かった時だろう。基地局の工事が必要ならば,現状のPHSと上位互換を持つ点はメリットになる。必然となった基地局の改修と共に高度化PHSを導入していくのは決して悪くない選択だ。

期待は大きい次世代PHS

 もちろん次世代,つまり総務省が示した高度化PHSには期待も大きい。IMT-2000で携帯電話のデータ通信速度の高速化は現実になったが,その通信コストは現状Webページの閲覧すら控えたくなるほどまだ高い(5月30日の記事参照)。ブロードバンドコンテンツを楽しむなどまだ夢物語であり,モバイルでのインターネット接続はまだまだPHS優位といった状況だ。

 高度化PHSへの期待は高速な通信速度だけでなく,低い通信コストにもある。極論すれば現在の10円/分を超える通信コストでは積極的に利用するユーザーはそう多くはないだろう。仮に現状の倍の通信コスト,例えば20円/分程度でブロードバンドコンテンツが楽しめるとしよう。ミュージッククリップやニュースを5分閲覧して100円。これを安いと思えるユーザーはそう多くないはずだ。

 PHSの10円/分という通信コストは「安い」とされているが,これはもう1つのモバイルでのインターネット接続手段である携帯電話に対しての相対的な評価だ。

 固定網でのインターネット接続は高速化と反比例するかのように低コスト化が進んでおり,現状のPHSの10円/分ですら割高感は増す一方だ。“速いのだから高くてもいい”が通用する時代ではなくなりつつある。むしろAirH"のように,データ通信速度はそこそこでもいいから,とにかくもっと低コストに,が多くのモバイルインターネットユーザーの本音ではないだろうか(5月16日の記事参照)。

 総務省が示した次世代PHSの姿。屋外での高速インターネット接続手段として期待はしたい。しかしバックボーンの高速化などに関して一切触れていない状況では,実用化に現実味が感じられないのは筆者だけではないと思うのだが。

[坪山博貴,ITmedia]

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