2001年春に、押井さんからよろしくと言われたのが始まりです。実際に作業が始まったのは、2001年の11月くらい。そして実際にカットをこなし始めたのは、明けて2002年の3月くらいですね。
『イノセンス』は99分の作品で、Production I.Gの中では私の班と篠崎さんの班とがあり、私の班でだいたい全体の半分を担当しています。私の班は私を入れて3、4人。作業期間が長いのでこの人数でできました。
カット袋が私の横に積まれると、カットがAnimoから書き出された、という合図。サーバにアクセスしてローカルにデータを落とし、そこからフッテージをAdobe After Effectsに登録して、作業を始めます。演出的なオーダーというのは、演出の西久保さん、楠美さん、それにおおもとの押井さんからのこんな感じにしてくれ、というオーダーは前の時点でしているので、そのイメージに近くなるようにエフェクトを順次行っていきます。
押井さんは、ぱっと見て、その人が得意としている分野ですとか能力を見抜く能力があり、私に声をかけた時点で私に何ができるかがわかっているようです。エフェクトでこういうことができるから、自分の絵コンテにはこういう内容を盛り込もう、という計算をしながら書く能力が高いので、これまでのようなクオリティの高い映画が作れているのだと思います。
これまでの作品で押井さんがやりたいことはだいたい私もわかっていましたし、私が何ができるかということも、だいたい押井さんにアピールできていますので、やりやすかったですね。
ですので、ただよろしく、としか言われていません。ここちょっと明るくしたほうがいいよ、くらいの指示だけで、根本的なところでは何も衝突がありませんでしたし、話が長くなることもありませんでした。
押井さんは細かな指示は出しませんが、こっちが手を抜くとすぐに見つけられてしまいます。
打ち合わせは全体的な指示くらいですね。寒いだとか冷たいだとか、琥珀色とか玉虫色とか。例えばガウスを使うなどフィルター名を言われてしまうと、それを使わなければいけなくなってしまう。でもぼけているように、と言われれば、いろいろなものが使える。
基本的には抽象的な言葉で打ち合わせをしています。逆にそれで打ち合わせをしてもらうように望んでいます。例えばモーションブラーやガウスブラーで明るい部分だけにじませたのを上からスクリーンにのせて、ということではなく、この光沢が滲み出す感じ、という言われ方をします。
押井さんが求めているものは非常に微妙なグラデーションだったりします。現場はいろいろな対応をすると思いますが、微妙なグラデーションですと、バンディング(縞模様が発生)をするんですよ。微妙なことをしようとするとそれがデリケート過ぎて壊れてしまうことがある。Adobe After Effectsを使いながら、どうやって押井さんが望むデリケートなエフェクトをどのように実現するか、ということが課題でした。
押井さんの画面というのは、暗い中に階調がぼんやり見えるものが多いのです。つらかったのは、バトーが船の下を泳ぐ、赤のモノトーンで薄暗いシーンでした。GとBのチャンネルはすべて死んでいて、その時点でたったの256階調、そしてさらに暗いシーンですから100階調くらい。実際のRは60階調くらいしかなくて、G方向とB方向に少し分散させて、実際の色を物理的に増やして、間引かれにくくするようなことをやっています。
その100階調で画面全体を表現しなければいけない。100階調くらいしかないレイヤー同士が重なり合って互いに打ち消し合うと、もう画質がガビガビになります。ところがこれを16ビットで扱うと、なんとか逃れることができるようになります。
さらにつらかったのは、鑑識課の中でバトーとトグサが検死官のハラウェイを訪ね、天井からガイノイドが吊り下げられている中で会話するシーンです。指示的にはいつもの押井さんの指示だったんですけれど、あそこにどういうエフェクトをかけたらいいか、というので、完成画像をなかなかイメージできなくて。
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