ラフスケッチと割り切ればタブレットPCほど便利なものはない〜海津宜則インタビュー

クリエイターの間でひそかな人気を呼んでいるタブレットPC。実際にどのような魅力が彼らをひきつけているのだろうか。グラフィックデザイナー/イラストレーターの海津宜則氏に話を聞いた。

» 2004年04月26日 00時00分 公開
[大出裕之,ITmedia]

スケッチを描くのに、わざわざデスクに座るなどということは、ありえない

――今回ワコムのドライバの配布開始により、Photoshop CSなどのアプリケーションが、タブレットPCでも筆圧感知を行えるようになったわけだが、それ以上にタブレットPCという形態そのものが、クリエイター海津宜則にとっては非常に興味を抱かせるものがあるらしい。

 タブレットPCの利点は、クリエイターが言うのもなんですが、Windowsマシンだ、という点です。WindowsのノートPC(タブレットPC含めて)であれば、例えば1キロを切るマシンを選択できる。用途を限定したとしても、とにかく軽いものが欲しいというニーズはありますよ。使用するのはメールチェックとちょっとしたテキスト処理、あるいは、ExcelやPowerPointがちゃんと閲覧できればいいのです。

 それに加えて、いたずら描きができるタブレットPCであれば、部屋の中でごろごろしていてチラシの裏にスケッチを描いて、その後でスキャンするなどの手間をかけなくてもいい。そういう意味において、タブレットPCには期待しています。

 画面の大きさ? 全然関係ないです。私にはこれで十分です。スケッチを描いている時は、私はそれほど大きいエリアは必要としません。それに、スケッチを描くのに、わざわざデスクに座るなどということは、ありえない。

 同業でもタブレットPCを知らない人のほうがまだ多いでしょうね。本当にもったいないと思います。クリエイターやミュージシャンなどがさりげなく使っていれば、どんどん広まると思いますね。

Adobe Creative Suiteの利点は、WindowsとMacとで作ったデータが完全に互換性が取れるようになった、ということ

――一般常識として、クリエイターはMacを使っている、などと言われることが多い。それは確かに事実ではあるだろうが、WindowsとMacの垣根は、思ったほど高くはないようだ。

 実はMac OS Xになり、良くも悪くもWindowsとの垣根が低くなりました。熱狂的なファンは昔のMac OSが最高なのであって、彼らにとっては現在のUNIXベースのMac OS Xは、Windows XPとの差が縮まっているように見えます。

 逆に言うと、OSの違いを越えられる人にとってはMacからWindowsへの乗り換えは苦にならない。私なんか、Mac OS XのショートカットよりもWindows XPのショートカットを先に覚えてしまったくらいです(笑)。

 普段使用しているのはAdobe Creative Suiteなので、作業を始めてしまえば、よほどのことがない限り、WindowsとMacの差は無いのです。

 しかも、今度のAdobe Creative Suiteの利点は、WindowsとMacとで作ったデータが完全に互換性が取れるようになった、ということです。フォントも含めて。Windowsで作ったものをアウトライン化せずにそのままMacに持っていっても、小塚なりヒラギノなり同じフォントを搭載していれば、まったく同じに表示してくれる。

 今までは、会社でWindowsだけど家ではMac、その逆もあったでしょう。なおかつ“しかたなく”という状態でです。ですが、今後は“しかたなく”ではなくなるわけです。自然に選択できる。家ではそんなにヘビーな作業はしないから、安いWindowsマシンにしておこう、といった選択の自由が生まれる。

選択の自由こそ重要

――タブレットPCは、クリエイターの間にWindowsを根付かせるキーデバイスになるのではないか、そう海津宜則は語る。

 アップルのPowerBookは確かにいいけれども、選択の幅が狭い。あれしかない。

 Windowsならいろいろハードもソフトも選べるが、Macでは選べない。クリエイターと一言でいっても、趣味趣向は一緒ではありません。Macユーザーは、アップルのマシンを認めないといけないような妙な宗教心理が発生してしまう。本来は、クリエイターは自己主張すべき。PowerBookを買ってデコレーションするなどは、全然クリエイティブじゃない。それは趣味の世界、仕事じゃない。

 Windowsマシンは良くも悪くも実戦型なので、どうしてクリエイターが使わないのか? と思いますね。だからタブレットPCは、Windows環境をプロのクリエイターが受け入れるか受け入れないか、という点において、その契機になりうることなのだと思います。

 私が言いたいのは、Macしか選択肢が無いと考えるのはおかしい、ということです。マイクロソフトがクリエイター向けソフトを作る必要はまったくなくて、アドビやマクロメディア、コーレルが作っていればいい。彼らをマイクロソフトが支えることのほうが大切ですね。

ラフスケッチと割り切ればタブレットPCほど便利なものはない

――タブレットPCについても、現状である意味においては十分だし、ある意味においては不十分だと言う。

 人間なので、絶えず姿勢が変わらないということはありません。前かがみになったり、背伸びしたりする。すると、ペン先とディスプレイの関係がずれてきてしまう。自分の目とペンの先との関係が、ちょっととずれると位置がずれる。このあたりは慣れでしょう。

 また、パレット操作時などで案外自分の手が邪魔ですね。InDesign CSの場合、パレットが左右に張り付いてすっきりするじゃないですか。あれがPhotoshop CSやIllustrator CSでも使用できるといいですね。全てのパレットを使用することはありえませんから。最低限のものを好きな位置に配置できるでしょう。

 ただペン入力の使い勝手がまだまだ成熟していないという意味ではありません。ラフスケッチとして割り切ってしまえば、こんな便利なものは世の中に存在しない。思い込みを言い出せば、どんなハードでもソフトでも永遠に、こうなったらなおいいという部分はあるでしょうから。タブレットPCは、ラフスケッチとして割り切ってしまえば、こんな便利なものは世の中に存在しないと思います。

タブレットPCでInDesign CSを起動したところ。右側のパレットがなんともいい具合に配置されるのに注目

海津宜則(かいづよしのり)

 グラフィックデザイナー/イラストレーター。JPC(Japan Publishing Consortium)会員。アットニフティー・グラフィックフォーラム(FGRAPHIC/絵風蔵)及び、情報エンジョイフォーラムグループ(FJAM)マネージャー。専門はCIデザインやパッケージデザイン。フォトイメージングや3D画像、Draw画像などで、イラストレーターとしても活動。現在『Agosto デザイングラフィックス』誌にて“Digital Art Academy”を、デジタルプレスの『プロフェッショナルDTP』誌にて“Digital Graphic's Tips”をそれぞれ連載中。

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