ペン入力インタフェースは診療支援用PCとして最適――滋賀医科大学医学部附属病院富士通タブレットPCユーザー事例

規模の大きな病院は、様々な部門が複合的に機能している。多くの診療科があるだけでなく、多くの部門が入り交じり、サプライチェーンのように一連の作業が進んでいく。滋賀医科大学医学部附属病院で今年から稼働している新しい診療支援システムは、タブレットPCの特性を活かした新しいコンセプトが組み込まれている。

» 2005年01月31日 00時00分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 ご存じのように規模の大きな病院は、様々な部門が複合的に機能している。多くの診療科があるだけでなく、検査部門入院病棟、入院患者向けの給食部門、処方薬局、それに医事会計部門などが入り交じり、サプライチェーンのように一連の作業が進んでいく。

 滋賀医科大学医学部附属病院で今年から稼働している新しい診療支援システムは、タブレットPCの特性を活かした新しいコンセプトが組み込まれている。ドクターや看護師が使うPCはタブレットPCだけで200台という規模の大きなものだ。

 各部門の連携がスムースであればあるほど、連携ミスの可能性が減り、患者が待たされる時間も少なくできる。言うまでもなく、病院にとって日々のワークフローを効率化するため、コンピュータはなくてはならない存在だ。

稼働予定のオーダリングシステムはタブレットPCでもフルスペックで機能する

診療オーダーをその場で指示

 滋賀医科大学医学部附属病院のシステムには、医療支援システム業界で一般に“オーダリングシステム”と呼ばれる、発生源入力の考え方がシステムとして組み込まれている。

 これはドクターや看護師が必要と判断した医療行為や投薬指示を、指示(オーダー)が行われた時点でコンピュータに入力し、関連部署のシステムにオーダーが電子的に伝えられるシステムのことだ。

 昔、いや今でも一部の病院では、患者が伝票を自分で持って検査やレントゲン室、あるいは薬局などに持ち込んで順番を待つ、といったワークフローが取られている。あるいは医局スタッフがその代わりに伝票を動かすこともあるだろうが、いずれにしろ時間的な無駄やミスの発生は抑えきれない。

 オーダリングシステムは大規模病院にはなくてはならない仕組みだ。とはいえ、これまでは診療室やナースセンターに据え置かれたノートPCで入力が行われており、たとえば入院回診などではその場で入力、という事はできなかった。

 しかし富士通が担当した滋賀医科大学医学部附属病院の事例では、FMV STYLISTIC TB10シリーズが正式採用され、富士通と同病院が共同で開発した診療支援システムが稼働。本当の意味での発生源入力によるオーダリングシステムが作り上げられている。

 同病院で医療情報を担当しているのは、医療情報部教授で眼科専門医の永田啓氏と、助教授で内科医の杉本喜久氏だ。コンピュータにも精通する両者と富士通のコラボレーションで、ペン入力も可能な柔軟性の高い新しい診療支援のためのユーザーインタフェースとシステムが構築され、タブレットPCがその一環として組み込まれている。

 永田氏は「ペン入力インタフェースは、診療支援用コンピュータにもっとも向いている。これまでも何度も評価を行ってきたが、我々の求めるパフォーマンスを得ることは出来なかった。しかし、タブレットPCとそのドライバの改善で手書きに近い表現が行えるようになり、やっと本格採用に踏み切れた」と話す。

滋賀医科大学・医療情報部教授・医学博士・眼科専門医の永田啓氏

数歩先を見据えた新しい診療支援

 大病院にとってオーダリングシステムで医療指示が電子的に飛ぶことは、今や常識となっている。滋賀医科大学医学部附属病院でも、リプレース前の旧システム時代からオーダリングシステムは導入されていた。

 永田氏と杉本氏が求めたのは、数歩先の診療支援システムを見据えた全く新しい使い方だ。

「臨床の現場では、手書きスケッチを用い、図で情報を伝える部分が大きい。従来は描画ウィンドウを開いてマウスでパーツを選んで並べ、マウスでフリーハンドで描くといったことをしていたが、それでは思った図をストレスなくすばやく描くことはできない。もちろん文字情報も書き込むが、重要なことは文字と図の両方を混在させることが可能かどうかだ。たとえば網膜剥離などでは、網膜の端の方の状態は医師が診察はできてもカメラに撮るのは難しいし、網膜全体の状態を把握するためにはたくさんの写真を組み合わせて切り貼りする必要がある。これを一目でわかる状態で記録し伝えるためには手書きのスケッチは欠かせない。多くの患者を診療していると、似たような症例が多数あるが、図で描いておくことで正確に患者の状況を思い出すこともできるなどメリットは大きい(永田氏)」

現在稼働中のシステムでの描画の例(システムは更新が予定されている)

 こうした内容はこれまで、カルテに手書きで行っていた。これを電子化するのがコンセプトだが、一般に言われている電子カルテとは意味合いがやや異なる。

「一般に言われている電子カルテは法的に定められたものだ。バックアップ体制やセキュリティ管理、改ざん対策など非常に多くの条件をクリアしなければ、電子カルテとして採用することはできない。一方、我々はシステムの中でカルテと同様のさまざまな医療情報をやりとりできるようにしている。このシステムは、まだすべての条件を満たしていないので、電子カルテとしては使用しないが、将来にわたって継続的に開発を行い、最終的には法的にも有効な電子カルテにまで昇華させるのが我々の狙いだ(永田氏)」

 こうして作られたタブレットPCベースの診療支援システムにより、患者の手元にタブレットPCを持ち運んで診療を行うことが可能になった。

「似たような仕組みはタブレットPCではなく、PDAを活用して構築できるかもしれない。しかし記録できる情報に限りがあり、リアルタイムに基幹システムと同期を図ることも難しく、機能面でも制限が出てくる。デスクトップの診療端末と同じ環境・機能が実現されることが重要だ。このためフル機能のOS(Windows XP・Mac OS X・Linuxなど)が動作することが大切だ。PCであるが故に、その上にさらにアプリケーションを積み重ね、院内のコミュニケーションツールとしても活用できる(永田氏)」

 永田氏は新システムの先に、さらに新しい可能性を見る。それは患者との密なコミュニケーションを実現する次世代の診療支援システムだ。

患者自身が参加できる診療支援システムを

「理想的には入院病棟にあるすべてのベッドに、タブレットPCのような自然なユーザーインタフェースを持つIT端末を配置したい。そうすれば、ドクターや看護師だけが使うのではなく、患者自身がカルテ作成に参加できるようになり、患者と病院のより密接な関係を築くことができる(永田氏)」

 永田氏と杉本氏は、カルテは病院のものではなく、患者自身の持つべき情報だと口を揃える。自分自身のためのカルテに、診療において感じたことを些細なことでも書き込んでもらう。また、インスタントメッセージングや電子メールといったコミュニケーションツールも院内で活用できるだろう。

 そうした患者と病院が共同で作る記録が電子的に保存されることで、医療に関わるスタッフが同じ情報を共有し、共通の認識を保った上で質の高い医療を提供できるというわけだ。

 既に稼働している滋賀医科大学医学部附属病院の診療支援システムだが、5年サイクルで新しい情報システムへのリプレースが行われている。医療情報部を支える二人の目は、すでに次の世代の新しい医療に向いているようだ。

タブレットPCの使用スタイルを解説する、医療情報部・助教授・医学博士の杉本喜久氏

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