ThinkPad T60の開発チームに聞く――「変わらず」に「進化」を続けるThinkPadインタビュー

» 2006年03月16日 06時20分 公開
[田中宏昌,ITmedia]
ThinkPad T60の開発チーム

 今回のインタビューは、神奈川県大和市にあるレノボ・ジャパンの大和事業所で行なった。日本IBM時代からThinkPadシリーズの開発・研究拠点としておなじみで、読者の中にもご存じの方が多いだろう。

 大和事業所の位置付けは、社名が日本アイ・ビー・エムからレノボ・ジャパンになっても変わらず、ワールドワイドで展開するレノボの中で、ハードウェアとソフトウェアを含めたThinkPadの開発や設計、評価を一手に担っている。ちなみに、最近ではデジタル情報家電の開発支援や、3月6日に発表があったSOHO向けの新ブランド、Lenovo 3000シリーズの共同開発も行っている。

将来を見越して根本的に作り直したT60

ITmedia T60シリーズの開発ポイントを教えてください。

――ロジックの面では、T40シリーズではピン配置の密度が高くなり、そろそろ拡張面で頭打ちが見えていました。そこで今回は、将来を見越してチップの配置を含め、一から根本的に作り直しています(ロジック設計担当:塚本泰通氏)。

――昨年発表したThinkPad Z60シリーズを含め第3世代の開発に先立ち、製品のクオリティーを上げる必要がありました。実装するコンポーネントの密度が高くなり、HDDをどのように守るか、マザーボードをどのように守るかといったところはもちろん、ユーザーの使用状況をエンジニアの目で見た上で、そのフィードバックを今回の開発に盛り込んでいます。

 大きな特徴は、Z60シリーズで導入されたThinkPad Roll Cage(以下、Roll Cage)の採用です。これはマグネシウム合金製のフレームで、マザーボードやHDDなどの内部パーツを外部の衝撃から守ります。また、Roll Cageによってボディのたわみを減らし、強度をアップしているのもポイントです。

 Roll Cageはベースが0.8ミリ厚となっていますが、削れるところは削ったり、補強が必要な場所は厚めにするなどしています。B5ノートPCのThinkPad X60シリーズは、ボディサイズや材料の違いもあってRoll Cageは見送っていますが、それ以外のサイズが大きいRやGシリーズにも導入していきたいと考えています(機構設計担当:大谷哲也氏)。

左端に見える骨格のようなものがマグネシウム合金で作られたThinkPad Roll Cage。マザーボードを覆うような形でシステムに組み込まれているのが分かる。右は発表会のスライドだ

難しかったのはアイドル時の静粛性確保

ITmedia デュアルコアCPUや高性能なGPUの搭載で熱対策が大変だったのでは?

――発熱量が増えたCPUのIntel Core Duoやグラフィックスチップ(GPU)を、従来と同じボディサイズの中にどのように配置するか、デザインするかを悩みました(テクニカル・プロジェクト・マネージャー:赤井隆之氏)。

――やはり熱の部分の処理は苦労しました。CPUとGPUを比べると、どちらかと言えばGPUのほうが大変です。と言うのも、CPUについてはインテルがこれまでの経験による豊富なノウハウを持っており、パワーマネジメントの処理もこなれています。また、CPUの方が製造プロセスルールが1世代先に行っている(Intel Core Duoは65ナノメートル)点も大きいですね。

 昔に比べてGPUの処理能力への要求が高くなっています。必然的にGPUの発熱も上がっており、言ってしまえばGPUとCPUで2つのCPUを載せている感覚です。T60シリーズのグラフィックスは、Intel 945GM Expressチップセットの内蔵コアのほか、ATI製の外付けチップとしてMOBILITY RADEON X1300/同X1400/MOBILITY FireGL V5200(T60p)を採用しています。やはり、チップセット内蔵のほうが冷却ファンは回らずにすみますね。

 今回は、アイドル時にいかに冷却ファンを回さずに静かにするかが難しかったです。T60では冷却ファンの回転数自体は前モデル(T43)よりも下がっています。冷却ファンの羽の枚数は一緒ですが、羽のサイズが大きくなり、風量自体は増加しました。加えて、T60ではパラレルポートを省いて排気口を2つに増やしたため、熱交換の面積も大きくなった計算です。実際、T43に比べて間違いなく静かになっています(熱対策設計担当:宮下敦氏/グラフィックス・ドライバ開発担当:石井啓太氏)

左はThinkPad T60(2007-6EJ)の内部で、中央左がGPUのATI MOBILITY RADEON X1400、中央右がCPUのIntel Core Duo T2500(2GHz)だ。GPUには128Mバイトのグラフィックスメモリがオンボード実装されている。右の写真は冷却ユニットで、CPUとGPUに加え、ノースブリッジにもヒートパイプが延びている

デザインコンセプトは「シンプル&クリーン」

ITmedia T60のデザイン上のポイント何でしょうか?

――今回のコンセプトは明確で、ずばり「シンプル&クリーン」です。液晶部分をはじめ、キーボードやパームレストのフチのデザインを変えたほか、ウルトラナビにも手を加えました。

 経緯をお話しすると、ThinkPadにウルトラナビを導入してからタッチパッドや2つのボタンが追加され、操作が複雑になったという声をいただくようになりました。今回はそれを何とか改善したかったのです。具体的には、形状面で見た目のシンプルさを追求し、クリックボタンを黒一色にしています。

 ThinkPadで初めてトラックポイントを採用したときは、スティックとクリックボタンがセットの関係にあるのが分かりにくいと考え、あえて赤い色をクリックボタンに塗りました。また、スクロールボタンを加えたときは、赤いボタンとは違う機能を持っていますというメッセージを出したかったので青い色を追加しました。ただ、現状ではトラックポイントに親しんでいるユーザーが多く、認知度も上がっています。さらにリサーチの結果、従来の色付きよりも黒一色のほうがすっきりして複雑に見えないという声が圧倒的に多かったため、T60やZ60で採用に踏み切りました。

 ThinkPad Tシリーズは、例えるならビジネスのF1マシンです。とにかく、ビジネスで使っているときには無駄な情報が入らないで欲しいと多くのユーザーが考えていると思います。そこで、クリックボタンの形状を長方形にしたり、配色を黒一色にして目立たなくしました。その結果、見た目はもちろんですが、無意識にビジネスに集中できる環境を生み出せるようになったと思います。

 細かいところでは、日本国内でローマ字入力のユーザーが多いことに配慮して、キートップの英字のフォントをヘルベチカミディアムに変えて、今までよりもシャープで見やすくしています(デザイン担当:平野浩樹氏)。

ITmedia 新デザインの名称は何ですか?

――とくに名称はないのですが、デザインチーム全体で共有している考え方が2つあります。1つはThinkPadはビジネススーツだというものです。ビジネススーツは基本的な形は変わりませんが、時代に応じて細かく変革しており、着る人にしっくりくるデザインというものを目指しています。

 もう1つは、ThinkPadを車に例えるとドイツ車に近い形を考えています。ドイツ車と言うのは、日本車のモデルチェンジと違って、10年間ほど同じコンセプトを続けて、あるときガラッと変える場合が多いです。つまり、熟成と革新を繰り返すというイメージですね。

 デザイナーにとって一番怖いのは、デザインを変えないことです。アイデアはたくさんあるのですが、Tシリーズの歴史を踏まえて取捨選択を行っています(デザイン担当:平野浩樹氏)。

キーボードとウルトラナビのアップ写真で、いずれも上段が新モデルのT60、下段が旧モデルのT42だ。クリックボタンの形や色、アルファベットのシルク印刷が変わっているのが見て取れる

「変わらず」に「進化」を続けるThinkPad

 内部のシステムはもちろん、ACアダプタやオプション製品を含めた大規模なアーキテクチャの更新は、レノボ・ジャパンになって初めてのことだ(昨年のZ60シリーズはCPUやチップセットが従来機を継承)。

 しかしながら、T60のボディサイズは前モデルのT4xシリーズとまったく同じで、液晶部を閉じた状態では見た目の区別がつかないほど。思わず何が変わったの? と言いたくなるが、開発チームの話を聞いて「変わらず」に「進化」を続けるThinkPadのコンセプトを改めて実感した。

ThinkPad T60シリーズ開発チームのみなさん(カッコ内は担当分野)。後列左から塚本泰通氏(ロジック設計)、宮下敦氏(熱対策設計)、石井啓太氏(グラフィックス・ドライバ開発)、清谷佳正氏(LCD開発)、西村淳一氏(ソフトウェア製品保証)、佐柳尚吾氏(マーケティング)。前列左から赤井隆之氏(テクニカル・プロジェクト・マネージャー)、平野浩樹氏(デザイン)、大谷哲也氏(機構設計)。

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