Lenovo 3000が救う、変わらないThinkPad山田祥平の「こんなノートを使ってみたい」

» 2006年09月11日 10時30分 公開
[山田祥平,ITmedia]

 IBMのPC事業がLenovoに売却されて約1年半。ThinkPadは多くの信奉者を持つブランドだが、その行方と今後が気にならないはずがない。そこで、今回は、レノボ・ジャパンを訪ね、横井秀彦氏(製品事業部デスクトップ・ビジネス部長)、後藤史典氏(同ノートブック・ビジネス部長)、伊山円理氏(同ノートブック・ビジネスプロダクトマネージャLenovo 3000担当)、農美由香氏(同ノートブック・ビジネスプロダクトマネージャーThinkPadXシリーズ担当)らに話を聞いてきた。

─―レノボによるスタンダードビジネスノートPCとしてのLenovo 3000が出て、ThinkPadはこれからどうなってしまうのだろうと心配されている古くからのユーザーが少なくないようですが。

後藤史典氏。大は「G」から小は「X」までThinkPadの企画開発を推進する責任者

後藤 2006年3月に、Lenovo 3000のラインを発表しましたが、このシリーズがターゲットとしているユーザーは、規模的に500人以下の従業員数の企業です。ThinkPadは主にビジネス指向という点では同じですが、ターゲットとする企業の規模がちょっと違うんです。ただ、500名以下の企業は対象にしないというわけではありません。昔から、Think製品はエンタープライズに強かったし、シェア的にも浸透していました。でも、従業員500人以下の企業には、ちょっと弱かったのです。そこで、その部分を強化したいという考えがありました。

 ThinkPadとLenovo 3000シリーズの見た目はまったく違います。でも、そういう見かけの部分以外に、カスタマイズより、標準モデルを準備して差別化するという方向性を持たせています。

 ThinkPadには、PCをより使いやすくするために、各種のユーティリティをまとめたThinkVantageテクノロジーという支援機構が組み込まれていますが、Lenovo 3000では、必ずしもフル装備ではありません。ユーザーによっては、すべての機能を必要としているわけではないからです。それに、納期的な問題もありますね。ThinkPadでは、完全な仕様要求に応えるために、いわゆる商談も、何週間もかけてやるのですが、Lenovo 3000をお求めになるお客さまは、極端にいえば、今週中に欲しいといったこともあるのです。そうした要望にも、確実に対応しなければなりません。

 こうした結果、コストの差が生まれてきます。スペックだけを見ていると、それほど大きな差はないのですが、例えば、目に見える部分でいうとキーボードひとつとっても、ThinkPadは7列でトラックポイントを装備している一方で、Lenovo 3000では、キータッチはThinkPadと同等でも6列だったりトラックポイントがなかったりといった違いがあります。これは、業界的により標準的なものを使うことでコストを下げた結果です。それに、柔軟なカスタマイズの体制を持つ、持たないというところでも、部品の調達などの関係でトータルコストにずいぶんきいてくるんですよ。

伊山 もちろん、以前から、ThinkPadを評価していただいていたお客さまにはそのまま使い続けていただきたいです。ただ、ThinkPadでもLenovo 3000でもいい、とにかくビジネスノートPCが必要だといういうお客さまがいらっしゃるのも現実です。だから、Lenovo3000でその需用をとりたいと考えています。

─―コストダウンの話が出ましたが、ThinkPadは堅牢で高品質だというイメージがLenovoへの移管によって、多少変わっているのではないかという声も聞こえてきます。

後藤 Lenovoに変わってからも、性能はもちろん、開発の品質基準、そして製造している場所もまったく変わっていません。だから、絶対に何も変わっていないはずですよ。組織としても変わっていません。それどころか、Lenovo 3000の投入によって、将来的にはより高付加価値な製品を作れるようになったかもしれませんね。つまり、Lenovo 3000に特定のマーケットを委ねることで、ThinkPadが変わる必要がなくなったということです。

 それに、特定のユーザー層だけにThinkPadを売ろうとしているわけではありませんし、今、この時点で、誰かに特化した方向の製品作りに向かおうともしていません。でも、今後、Lenovo 3000が育っていって、ある程度ビジネスとして大きくなれば、そのときには、今以上に、より差別化されたThinkPadが登場するようなことがあるかもしれません。

 ユーザーが求めるものというのは、その時代の節目ごとに異なります。たとえば、電力需要がピークとなる昼間にバッテリーを活用し、電力消費を減らすピークシフトなどはThinkPadならではの機能です。もちろん、ThinkVantageも同様です。PCへの衝撃を感知してデータ破損を防ぐHDDのアクティブプロテクションや、セキュリティチップの積極的な利用など、新しいトレンドに着実に対応してきました。

 ThinkPad X41で初めて、指紋認証機構を取り入れたときには、正式な発表前にセキュリティの観点で非常に注目され、あるお客さまから大量導入の約束をもらうようなこともありました。当時、こうした技術を活用するには、ThinkPad X41しか選択肢がなかったからなのでしょうね。

伊山円理氏。現在はLenovo 3000を担当してるが、以前はThinkPad Xシリーズの企画開発に携わっている

伊山 Lenovo 3000シリーズの投入によって、ThinkPadが縮小するとか、やめるとかということはまったくありません。もちろん、ThinkPadを否定することもありません。今はもちろん、この先もありえませんからご安心ください。

 従業員500人以下の企業では、専任のIT管理者などもいないことが多いですから、ITインフラの規模的なことを考慮し、その機能を落として結果的にコストを落としただけのことなんです。カタログスペックを比べてもそんなに違いはないことがお分かりいただけると思います。

横井 バックアップの機能を例にすればいいかもしれませんね。これは、お客さまにとってきわめて分かりやすい機能です。私は、今から3年前に、セキュリティとバックアップを推進する立場でマーケティングプロモーションを担当していました。その現場で、ユーザーから挙がってくる声に耳を傾けてみると、バックアップソリューションがきわめて重要であることが実感できたのです。それが、システムのイメージを着実にバックアップして復活させることができる「Rescue and Recovery」につながっていきました。

 出張先などで稼働しなくなったPCは、単に重い箱になるだけですよね。でも、Rescue and Recoveryがあれば、そのときに要するサポートを最小限に抑え、PCを使えない時間を短くすることができます。今は、とくにモバイル系で指紋認証が注目されています。これらはThinkPadの付加価値の一部なんですが、あまり機能が多いと、どれをどう使えばいいのか分からない、ThinkPadは難しいと思われてしまいます。セキュリティにしても同様です。やればやるほど、強固にすればするほど難しくなっていきます。

農美由香氏。レノボのノートブック・ビジネスプロダクトマネージャーとしてThinkPad Xシリーズを担当する

農美 PCを持っている人は、それぞれのライフスタイルを持っています。B5のワンスピンドル機ひとつとっても、Xシリーズは、パフォーマンスも十分で、軽くて持ち運びが容易だという特徴がありますね。その一方で、よりモバイル指向の強い“Xs”といったバリエーションをそろえるようにしています。

 全体を通して、妥協するところがなく、しかも、これから変わっていく環境、たとえば、ネットワークが変わり、使い方が変わり、環境が変わる中で、それらを最大限に生かせるようなPCを提供したいですね。

 PCの持ち運びについては、携帯電話同様だと個人的には想います。たとえば、私が使っている携帯電話はけっこう傷だらけなんですね。それでもちゃんと使えます。そういうPCがあってもいいんじゃないでしょうか。傷だらけになってもいいから、一日中外で使いたいとか、そのためには、いろんなタイプのネットワークに簡単に接続できなければならないとか、そうした部分をトータルで考える必要があります。

─―Vistaなど、新OSの登場で、ThinkPadならではだった機能も、PCの標準機能になりつつあるようですが、それは、今後の製品作りに影響はありますか。

後藤 ThinkPadは、あくまでビジネスツールであるというコンセプトは変えたくないと思っています。信頼して仕事に使えることがもっとも重要です。その部分はVistaの時代になっても大事にしたいと考えています。

 OSの標準機能が充実したとしても、それでカバーできない部分は必ず存在します。HDDDのプロテクションにしても、筐体の底にセンサーをつけたところから始まって、現在では、衝撃の予兆を察知するまでになっています。実装方法や、実現のための技術は、少しずつ変化していますが、HDDを守るという基本的なコンセプトの部分はまったく変わっていません。そのコンセプトを守るために、より効果的な方法、さらに、より安く実現することを考えます。

 また、守るという点では、PCを失ったと気がついたときに、HDDの中身を遠隔操作で消してしまうようなことも、今後は考えなければならないかもしれませんね。失ったデータを復活させるだけが、守るということではない時代ですから。

─―ThinkPadが伝統に足を引っ張られてしまって冒険ができなくなっているというような面はありませんか。

横井秀彦氏。現在の肩書きはデスクトップPCの担当であるが、ThinkVantageにも長年携わってきた。今回はノートPCで求められるThinkVantageについて語っていただいている

横井 今まで分からなかった使われ方を知ることで進化ができるんじゃないでしょうか。ThinkPadは、全世界のユーザーからのフィードバックによって、今後の改善を考えています。それによって、自分たちの知らなかった使い方を我々は知るのです。

農美 Xシリーズの担当としては、このシリーズが未来永劫、現在の形状を守り続けるかどうかは保証できませんね。しっかりとしたパフォーマンスを持ち、そして頑丈で、バッテリー稼働時間や重量などのアドバンテージを製品に持たせることを追求していった結果、別のモデルが生まれる可能性もあります。

後藤 具体的な例でいうと、CPUのパフォーマンスは重要になります。通常の業務に支障をきたさないだけの処理能力の高さが求められます。モバイルだからといって機能が犠牲になってはなりません。それをコンパクトな筐体に詰め込んだことで、Xシリーズのアイデンティティが保たれます。

 Lenovoは今も大和研究所の中にいます。そして、IBMともいろいろな形で協力しています。その中で、PCの携帯性は最重要課題として議論されていますし、そのニーズはきちんと把握しています。今までも、そして、これから先も。日本の市場だけではなく、ワールドワイド市場を見ながら、日本独自の要求を満たしていこうとしています。ただ、そこを飛び越えた新しいシリーズを作ることだってないわけではないんですよ。

 Lenovoの中でも日本のマーケットの声にもっと耳を傾けようという機運が出てきています。常にワールドワイドの市場を見るという過去のやりかたは正しいと思うし今もそうなのですが、近くにいるのだから、もうちょっと耳を傾けてもいいんじゃないかという考えが社内に出てきているのです。その結果として、何かが変わるようなこともあるかもしれません。IBM時代よりも、大和とより話をしやすくなる方向に変わってきていることで、日本の声をきいた製品を作りやすい体制になってきているように思います。

 携帯性から離れていますが、FDDを内蔵したThinkPad G50などは日本だけのラインアップです。FDDの需要があるのは、世界的には日本だけなんですが、そういう製品も作れるということです。ワールドワイド市場だけを見て、ほうっておけばなくなってしまっているようなシリーズが、日本だけ残るようなこともあるわけですね。

─―ThikPadの歴史的な重みのようなものを感じることはありますか。

後藤 先日、タッチアンドトライのイベントを東京駅のコンコースで実施したのですが、そこでは、ワイド液晶ディスプレイを持つThinkPad Zシリーズの評判がよかったんです。ワイドというだけで違うというイメージをかもしだしています。この流れを考えると、いつまでも“4:3”にこだわるのではなく、Xシリーズのワイド化もありえない話ではないですね。歴史の重みに押しつぶされていてはイノベーションはありません。

伊山 先日、Lenovoのサイトでアンケートを実施して、約1650件の回答が集まったんですが、ThinkPadは、頑丈、使いやすい、信頼、安心という声をたくさんいただきました。歴代のThinkPadから選ぶ「マイベストThinkPad」投票では、“ピアノブラック”と呼ばれる鏡面仕上げのパネルを持つThinkPad S30が第1位でした。歴代の製品群を思い出してもらえるという重みは大きいですね

横井 メインで使うノートPCとしてどうあるべきかを今後も考え続けたいと思います。サブではなく、あくまでもメインです。ほかのPCと併用するのではないメインンPCでは、待ち時間が少ないことが重要です。起動時間、データベースからデータを取り寄せる時間、処理時間、つながる時間を、もっともっと短くしたい。キーボードもこの大きさで本当にいいのかどうか、別のインタフェースの可能性はないのか。それがあれば、よりレスポンスは短くなるんじゃないかと、考えることは山積みです。

 個人的にPCを使い始めたのが約20年前。当時、うすぼんやりと、20年後の世界を想像し、いまの携帯電話のようなイメージのパーソナルツールになっているんじゃないかと思っていた。果たして、PCはそうはなりきれず、携帯電話にその座を奪われているといってもいい。ここ数年のトレンドでは、ビジネス指向がパーソナルツールとしてのPCの進化をスポイルしているような気配さえある。

 そんな中で、ThinkPadブランドは、ビジネスを強く指向しながらも、いわばビジネスプレミアムマシンとして、付加価値の高い製品を世に送り出し続けてきた。その姿勢は、今後も変わることはなさそうだ。そこが、Lenovoでもなく、IBMでもない、ThinkPadの証である。守るべきはシリーズの伝統ではなく、イノベーションの姿勢である。

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