45ナノで知るIntelとAMDの“工場哲学”元麻布春男のWatchTower

» 2007年02月13日 11時30分 公開
[元麻布春男,ITmedia]

 奇しくも1月27日、IntelとIBMがHigh-k絶縁膜と金属材料を用いたゲート電極(Metal Gate)による半導体製造技術について、それぞれ実用化の目途がたったと発表した。普通に考えて、両社の発表がたまたま同じ日になった、とは思えない。ましてや1月27日は土曜日である。どちらかが、どちらかの発表を察知して、対抗したと考えたくもなる。

 今回の場合Intelは、事前説明会を準備し、45ナノメートルプロセスルールのCPU(ファミリーの開発コード名はPenrynという)のダイ写真と概要まで公開したのだから、最初から27日の発表を予定していたと考えてよさそうだ。それに比べてIBMは、今回の発表の詳細については、今後の学会や学会誌で明らかにする、としており、準備不足は明らか。あわてて対抗したと言われてもしょうがない状況だ。

 IBMがIntelと同日発表した理由は、おそらくIntelの発表にあった「競合他社は同等の技術を32ナノプロセス以降の世代まで実用化できないだろう」というところに“カチン”ときたからではないかと考えられる。とくにIBMの共同開発パートナーであるAMDは、Intelの直接のライバルだ。そのAMDは現時点での最先端である65ナノプロセスの導入でIntelから丸1年も遅れてしまった。次も1サイクル(通常だと2年)遅くなると言われてはたまらない、とAMDが思っても不思議ではない。現時点でAMDは、45ナノプロセスの導入を2008年半ばとしており、2007年後半を予定しているIntelから半年遅れにギャップを縮める予定だ(同時期にIBMはHigh-k + Metal Gateの採用を45ナノプロセスで始めるとしているが、AMDの最初の45ナノプロセスがHigh-k + Metal Gateになるのかどうかは、必ずしも明らかではない)。

 と、新技術の導入を巡って、激しい「アピール合戦」を繰り広げるIntelとIBM/AMD連合だが、工場の運用ポリシーは、IntelとAMDでかなり異なっているのではないかと思われる。

 Intelのスローガンは「Copy Exactly」。開発工場(D1Dなど、Dで始まる工場)で量産技術を確立したあと、それを量産工場(Fab XXと呼ばれる。XXには数字が入る)に正確に移転することで、新製造プロセスの立ち上げ時から、高い歩留まりと生産性を追求する。

 現在の最先端である65ナノプロセスの場合、オレゴン州のD1Dで量産技術を確立してそれをアリゾナ州のFab 12とアイルランドのFab 24-2へ展開した。Fab 12は2004年から65ナノプロセスによる量産を見越した転換工事を行っていたもので、2005年11月に稼働するまでは停止していた。またFab 24-2は、Fab 24の拡張として増設されたものだ。いずれの工場も、それまでの90ナノプロセスによる量産の実績はない。

 次世代の45ナノプロセスも同様で、65ナノプロセスのFab 12とFab 24-2への展開が完了したD1Dが45ナノプロセスの製造技術をまず確立させている。Penrynのダイ写真を公開したということは、D1Dで製造された45ナノのCPUが、少なくとも動作したことを意味する。今後は45ナノプロセスにおける生産工程の完成度を高めて歩留まりを引き上げ、それを現在建設中のFab 32(アリゾナ州)とFab 28(イスラエル)へ展開することになる。つまり65ナノプロセスの量産を行っているFab 12やFab 24-2で、次世代の45nmプロセスの製品を作るわけではない(将来的には移行するかもしれないが)。

 これらの例で分かるように、Intelにおいて重視されるのは、あくまでも新製造プロセスによる立ち上げや生産性であり、それによって実現される低コストだ。従来のプロセスルールからのスムーズな移行ではない。新しいプロセスルールへ移行するためには工場を止めることも厭わない(Fab 12のように)。もちろんこれは、複数の工場を抱え、必要があれば新設さえできるIntelの資金力があればこそである。

 一方、工場数が限られるAMDの場合、新しい製造プロセスへ移行するからといって、工場を止めてしまうわけにはいかない。AMDは200ミリウエハを用いていたFab 30を、300ミリウエハを用いるFab 38へ転換する工事の最中だが、これも同じドレスデンに建設したFab 36が稼働したから可能になったといえる。Fab 36は300ミリウエハで90ナノプロセスの量産からスタートし、稼働したままで少しづつ微細化していくことで65ナノプロセスへ移行しようとしている。AMDにおいては、新しいプロセスルールによる製造ラインの完成度の高い立ち上がりより、工場を止めないスムーズな移行が優先されるのだ。

 製造ラインを稼働させたままプロセスルールを変更していくという柔軟性は、もう1つ別の柔軟性にもつながる。AMDの製造ラインでは、サーバ、デスクトップPCからモバイルPCまで、複数の製品を作り分けている。さらに、同じデスクトップPC向けのCPUであっても、プレミアムライン(Athlonシリーズ)とバリューライン(Sempronシリーズ)では、L2キャッシュ容量が異なりダイも違うため、この作り分けも行っていることになる。このように1つの製造ライン種類の異なる製品を柔軟に作り分ける技術を、AMDでは“APM”(自動調整製造:Automated Precision Manufacturing)と呼んでいる。これが“Copy Exactly”に対抗するAMDのコンセプトとなっている。

 Intelの工場が1つのラインで同じものを大量に製造することを前提に最適化してあるとすれば、AMDの工場は多品種を柔軟に製造することに最適化されている。おそらく絶対的な製造コストという点では、Intelが有利になると思われるが、このことを含めて、Intelは製造コストにシビアだ。例えば、IBM/AMDは90ナノプロセスからSOI技術を導入したが、IntelはSOIをメインストリーム製品に採用しようとしない。歪みシリコンや銅配線といった技術はIBMが最初に採用してIntelもそれに続いたが、SOIについてはこれが当てはまらない(IntelとIBMはクロスライセンスを結んでいるので、特許は障害とはならないはずだ)。

 SOIがどれくらい性能向上に寄与し、逆にどのくらいコストアップを引き起こすのかについては、IBM/AMDとIntelで大幅に見解が分かれる。IntelはSOIによる性能向上をせいぜい10%程度とするのに対し、IBM/AMDは回路設計も含めた最適化で20%以上の性能向上が見込めるとする。コストについては比較できる数字がないが、SOI用のウエハが通常のバルクウエハより高価であることは間違いないところだ。SOI用のウエハは、2枚のウエハを貼り合わせる、あるいはイオンを打ち込むことで絶縁層を形成するなど、バルクウエハより明らかに手間がかかっており、高価になることは避けられない。ウエハの単価で2倍から数倍、と思われる。

 当然Intelは、コストアップに対して性能向上の幅が小さいと主張する。IBM/AMDは、CPUのように複雑なものになればなるほどウエハ以外のコストが高まるため、半導体の製造プロセス全体に占めるウエハそのもののコストは相対的に小さくなるとする。それほど大きくないコスト差で20%の性能向上があるのであれば使わないのはおかしい、というのがIBM/AMDの主張だ。それぞれの会社がそれぞれの製造哲学を持っており、簡単に結論は出そうにない。ただ、プロセスルールの微細化で最前線にあるメモリ(とくにNANDフラッシュメモリ)の製造にSOIを使うという話をまだ聞かないことからして、SOIによるコストアップはそれなりにあると考えるべきだろう。

 間違いないことは、Intelがコストにシビアであるということであり、それゆえにトランジスタコストを抑えることに並々ならぬ努力を払っている、ということだ。Intelではプレミアムライン(Pentium/Coreシリーズ)のCPUとバリューライン(Celeronシリーズ)のCPUで、同じマスクであることが少なくない。Celeronでは、L2キャッシュ容量を減らすなどPentiumやCoreの機能を一部無効にしたものが用いられることが多いが、これができる要因の1つが、製品コストに占める製造コストを抑えているからだろう。

 現在Intelはチップセットも内製化しているが、CPUに比べ平均製品単価(ASP)の低いチップセットを、元々は高価なCPU用だった自社の製造ラインで作れるのも製造コストが低いからだ。また、IntelのCPUはFSBによるボトルネックを緩和するために、AMDのCPUより大容量のキャッシュを搭載する傾向にあるが、それができるのも製造コストを抑えていることと無縁ではないだろう。

 逆にSOIなど高性能技術を積極的に採用するAMDの製造コストは、Intelを上回っている可能性がある。AMDが、IntelのようにL2キャッシュをあっさりと半分捨てたりはしないことでも、トランジスタが“貴重”であることが想像できる。L2キャッシュ容量を抑えてメモリコントローラを内蔵しメインメモリアクセスのレイテンシを下げるというアーキテクチャも、製造面のコストが影響しているからかもしれない。逆に、ダイ面積を抑えられるアーキテクチャだからコストより性能を重視して製造技術を選べるのかもしれない。いずれにしてもIntelと競争するには、AMDの方がダイ面積を小さくしておく必要はあるのだろう。

 買収した旧ATI TechnologiesのGPUやチップセットは、現在も従来から生産を委託してきたTSMCで製造されているはずだが、AMDの製造プロセスはASPが50ドル〜1000ドルのCPUには使えても、ASPが10ドル〜70ドルのGPUやチップセットには使いにくい、という事情も考えられる。CPUとグラフィックスコアを1つにしたFusionには、グラフィックスのコスト構造をCPUと同じにできる(しても構わない)、という狙いもあるのかもしれない。AMDのプロセスルールが時にコストより高性能指向になるのは、開発パートナーであるIBMの影響もあるだろう。IBMは“Technology Company”で、Intelは“Production Company”である、といったことも時に言われる。

 High-k + Metal Gateの発表直前の1月23日、IBMの半導体共同開発アライアンスにフリースケール・セミコンダクタも参加する、という発表があった。最先端技術の開発において、「Intel」と「IBMを中心とした連合」の2極に集約されつつある印象が否めない。さらなる微細化のための膨大な開発費を、単独でまかなうことができるのはIntelだけ、という見方もできるし、Intelの製造技術は規模が違いすぎて、他社の参考にあまりならない、という見方も可能だろう。そういう意味では、柔軟性を重視しつつIntelに対抗できているAMDの製造技術は、もっと注目されていいのかもしれない。

元麻布春男氏のプロフィール

フリーライター。IBM PC/AT互換機以前からPCの世界に入り、さまざまなメディアでPCに関する評論やレビュー、コラムなどを執筆。とくに技術面での造詣が深く、独特の切り口による分析記事は人気が高い。


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