では現在のWindows VistaプリインストールPCは、どうやってHD動画を扱っているのか。答えは、Windows XPとほぼ同じやり方である。Windows XPでは、動画の再生にはハードウェアオーバーレイと呼ばれる手法が使われていた。オーバーレイは、グラフィックスチップに直接動画データを流し込み、グラフィックスチップが動画とWindowsデスクトップを合成する仕組みだ。つまり動画表示エリアは、OSの管轄外であり、デスクトップに開いた穴も同然なのである。
オーバーレイ方式は、CPU負荷が少ないことなどから、これまで広く使われてきたが、コンテンツ保護がプロプライエタリなコピープロテクション技術に依存する、仮想化を含むグラフィックスチップの将来的な発展(汎用シェーダー化)の恩恵を受けられない、といった問題が出てきた。こうした点から、マイクロソフトはWindows Vistaでは、オーバーレイ方式の利用を推奨せず、DirectX Video Acceleration(DXVA)と呼ばれるWDDM/Aeroとの親和性が高い方式で動画を再生するよう求めているわけだが、上で述べたように完全なセキュア化はできていない。
問題は、わが国で販売するWindows VistaプリインストールPCだ。オーバーレイが推奨されないのは分かったが、DXVAではコンテンツホルダーが要求するセキュリティが保てない。かといって、WDDM 2.1が利用可能になるまで、地デジ対応PCのリリースを見送るわけにもいかない。それではWindows XPをプリインストールした旧モデルより、機能が劣るPCになってしまう。
このような状況で、多くのベンダーはオーバーレイ方式による対応を選んだ。その副作用としてオーバーレイを利用するアプリケーションを実行すると、Aeroがオフになってしまう。NECは独自に開発したアプリケーションにより、オーバーレイとAeroを両立させることに成功しているが、本来のAeroと異なり、ビデオコンテンツに半透明効果が得られないのはやむを得ないところだろう。
問題はWDDM 2.1によるセキュアなビデオ環境はいつ実現するのか、ということだ。残念ながら、この件に関してマイクロソフトからの正式な表明はない。間違いないのは2007年中は無理で、確実に2008年に持ち越される、ということだ。標準化、ハードウェアのリリース、ドライバの整備、アプリケーションの提供というサイクルを考えると、2008年も早期はかなり難しいだろう。
現実問題として、WDDM 1.0やWDDM 2.0に準拠した現行のWindows Vista対応ディスプレイドライバでさえ完成度が高いと言えないことを考えれば、実用になるのは2008年の後半、あるいはさらに遅れるかもしれない。Windows側の問題が解消しても、わが国の地上デジタル放送におけるコピーワンス制限の見直し論議など、HD動画コンテンツについては、流動的な要素が多い。リリース時期がはっきりしていたWindows Vistaと異なり、WDDM 2.1対応については買い控えているといつまでたっても買えない、ということになるのかもしれない。
フリーライター。IBM PC/AT互換機以前からPCの世界に入り、さまざまなメディアでPCに関する評論やレビュー、コラムなどを執筆。とくに技術面での造詣が深く、独特の切り口による分析記事は人気が高い。バックナンバーはこちら
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