ThinkPadに隠された“フクロウの羽根”の秘密大和研究所エンジニアが語る(1/2 ページ)

» 2007年12月19日 19時56分 公開
[後藤治,ITmedia]

レノボ技術セミナー第3回は熱設計の歴史

一般ユーザーが目にすることは少ない冷却システム。そこには数々の技術が使われている

 レノボ・ジャパンが同社製品に関する報道関係者向けの技術セミナーを開催した。大和研究所のエンジニアを囲んだラウンドテーブルが開かれるのは今年3回目。第1回はデザイン機構設計について、第2回はキーボード。そして今回はThinkPadの熱設計の歴史を、大和事業所で基礎研究・基礎開発を行う中村聡伸氏が振り返った。

 ThinkPadブランドの誕生は1992年。当時中村氏はノートPCの機構設計に携わっており、やがてThinkPad Tシリーズの機構設計を担当するようになる。これとほぼ同時期に、システムを設計するうえで問題となっていたのがCPUの熱設計電力(TDP)だ。CPUの性能向上にあわせてTDPも上昇の一途をたどっており、排熱設計はエンジニアが片手間でやるものではないという認識が社内で広がっていた。これを受けて熱設計を専門とするチームが設立され、中村氏は2004年にそのリーダーの任についている。

 中村氏が設計に携わっていたThinkPad Tシリーズといえば、ラインアップの上位に君臨してきたハイエンドモデルだ。大和研究所の先進技術を結集した「いわばF1マシン」(同氏)のような位置付けのTシリーズは、当然冷却システムにも先進のテクノロジーが採用される。ThinkPadが歩んできた冷却システムの歴史をひも解くのに、中村氏ほどの適任者はいないだろう。同氏はこれまでThinkPadを支えてきた熱設計技術を「ヒートパイプ」「ファン」「システムインテグレーション」の3点から解説した。

レノボ・ジャパン 大和事業所 基礎研究・基礎開発 中村聡伸(なかむら ふさのぶ)氏(写真=左)。熱設計における重要な要素は、ボディとCPUなどの温度、冷却装置のサイズと重さ、騒音レベル、システム性能の4つ。中村氏は「この4点が満たされていなければ優れた熱設計とは言えない」と語る(写真=中央)。ThinkPadの熱設計の歴史(写真=右)。1993年から1995年までに行われたヒートパイプの開発とThinkPad 755Cへの実装が、歴史の第一歩として刻まれている。年表を見ると、冷却ファンの開発よりも先に水冷システムに手をつけていることに驚かされる(ただし、いまだ実用化にはいたっていない)

ThinkPad冷却システムの始まりは、アイスクリームサーバ?

ヒートパイプ冷却装置の歴史

 右の年表を見れば分かるように、ヒートパイプが初めて採用されたのは、ThinkPad 755Cである。この機体に搭載されていたCPUは486DX4(75MHz)で、それまで採用されてきたCPUに比べ、TDPが約2倍に増大している。「1.7ワットから3.3ワットになったTDPは、いまで言えばおもちゃのようなものだが、同時の私たちには大きなニュースだった」と中村氏は語る。

 そのころThinkPadは、750C(80486SL/33MHz搭載)から755Cへのマイナーチェンジを行う製品開発の狭間にあって、大幅な機構設計の変更はできない状況だった。DX4の登場とともにいち早く電源ファンを搭載し、世界を席巻していたノートPCもあったが、中村氏はどうしてもその設計を取り入れたくなかったという。「当時のファンはまだまだ信頼性が低く、電力も消費し、音もうるさい。何ひとついいことがないと思った」(同氏)。

アイスクリームサーバ

 マイナーチェンジ筐体の限られたスペースに、熱を拡散させる冷却システムを組み込む必要がある――そこで目をつけたのがヒートパイプだった。ヒートパイプは単純な銅に比べて5倍から7倍ほどの透過熱伝導率を持つ。中村氏は、ヒートパイプの原理が宇宙ステーションの外皮や路面凍結防止などに採用されていたことを知ってはいたが、その開発の決定打になったのは、渡米先で見たアイスクリームサーバだったという。「米国ではアイスクリームがバケツのような容器に入っていて、バケツごと抱えて、こう、すくって食べるのですが、そのときに(スプーン形状のサーバを)握った瞬間に手の熱が瞬時に先端まで伝わって、くりんと、うまくすくえるわけです。これを見て非常に驚いた」。熱を瞬間的に運ぶヒートパイプの利点を目の当たりにした中村氏は「これを絶対に製品にしなければいけない」と決意し、帰国後協業メーカーと開発に着手する。

 ただし、ヒートパイプを使った冷却システムの実用化は初めから順調だったわけではない。当初マイクロヒートパイプと呼ばれたこの冷却システムは、生産を担当する協業メーカーからの供給量が少なく、その月産台数では実験的な域を出なかったために、開発チームは解散寸前の状態だった。しかし、すでにThinkPadブランドは、最先端のテクノロジーを採用するノートPCとしてユーザーから高い評価を得ており、ヒートパイプを使った技術が将来必ず伸びることを中村氏は予見していた。

 問題は供給量。中村氏は「私たちがヒートパイプを使えば、必ずほかのメーカーも追従する」と協業メーカーを説得し、生産工場の立ち上げを決意させる。「向こうの偉い人が来て、“この開発のために40〜50億円規模の工場を作りますけど、本当にいいんですよね?”と面と向かって言われたときは、さすがに私も若かったので……(笑)」と当時を振り返る。こうして、ThinkPadの現在につながる本格的な熱設計が始まった。

ヒートパイプの作動原理(写真=左)。1994年にTDP 3.3ワットのCPUに対応するヒートパイプを使った冷却システムを開発。マイナーチェンジモデルへの実装だったため、バッテリーセルの丸い部分に残された三角形の隙間にヒートパイプを通す構造だった。また、熱を拡散する部分には、火傷防止用のフロッキー加工(植毛加工)が施された(写真=中央)。その後、CPUの消費電力上昇にあわせて、液晶のヒンジ部分を放熱に利用する「Thermal Hinge」や、デスクトップ向けCPU(Pentium 4 2.8GHz)を搭載したThinkPad G40で採用された「Vaper Chamber Heat Pipe」、筐体のベースカバーに埋め込むような形でヒートパイプを設置する「Base Cover w / Heat Pipe」などが開発されていった(写真=右)

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