しかし、上昇を続けるCPUの発熱に対応するため、ThinkPadはついに冷却ファンを搭載する。それまでファンの搭載を拒み続けた中村氏がファンの開発に踏み切った理由の1つは、静音性の高い「Hydro Dynamics Bearing」(流体軸受け)技術の可能性が当時すでに見えていたことだ。実際、初めてファンを搭載したThinkPad 760XDの発売(1997年)とほぼ同時期にHydro Dynamics Bearingファンの開発に着手し、翌年のThinkPad 600以降で採用を始めている。
現在までさまざまなファンが開発されてきたが、その中でもユニークなのが2005年に実用化された静音化技術「Silent Owl Blade」だ。ThinkPad T60から採用されているファンで、回転するブレードの形状に特徴がある。中村氏は「音に敏感なネズミなどの小動物を捕食するフクロウは、非常に静かに飛行する。そこに秘密がある」と考えた。フクロウの初列風切り羽根(翼の外側の羽根)は、その一枚一枚が小さなうずを生み出す特別な形をしており、翼全体が起こす大きなうずを打ち消す働きを持つ。この原理をファンに取り入れ、ブレードの形状を変えることでファン全体のノイズを相殺する技術を開発した。
ちなみに、フクロウの風切り羽根の形状から騒音を削減するアイデアは、すでに新幹線のパンタグラフでも見られるが、冷却ファンのような回転運動で採用したのはOwl Bladeが世界で初めてだという。その後、ファンやブレード形状の違いによるノイズのシミュレーションを重ね、最適な形状を見つけ出し、同じ風量で3.5デシベルの削減に成功する。
Thermal HingeやOwl Bladeなど、ユニークなアイデアを製品化してきた中村氏だが、熱設計で最も重要なのは、各冷却パーツの統合と、製品ごとの最適化にあるという。同氏は「高性能なヒートパイプと高性能なファンを置いても高性能な冷却性能は得られない。そこには必ず組み合わせの技術が不可欠になる。またシステムのコンポーネントによって、最適な(ファン)ブレードの枚数や形状も変わってくる」と説明する。
このインテグレーション技術は、ファンとヒートパイプを一体化した「Fan&Heat Pipe Hybrid」や、重量と熱伝導率のバランスからアルミと銅を組み合わせる「Material Hybrid」を採用したThinkPad 600で登場している。中村氏は「この世代(600)にノートPC向け冷却装置の基本的なコンセプトを完成させた。現在につながるThinkPadの冷却システムはこれが発展したもの」と語り、その後に続く改良の歴史を紹介した。
また、最近のトピックとして、ThinkPad T61で採用した通風断熱構造(排気口付近の発熱を抑えるために底面3カ所に吸気スリットを設け、ファンとヒートシンクに直接冷たい空気を送る)についても言及した。
中村氏は「T60とT61では後者のほうがCPUの消費電力は高いが、底面の温度は約5度下がっている。もし(T61に)穴がなければ、同じ温度にするためには15%増の風量を確保する必要があり、これはファンの厚さを2ミリ、もしくは騒音レベルが2デシベル上がることに相当する。それが許容できるのならそもそもテクノロジーは必要ない」と語り、常に新しい技術を追求するThinkPadの熱設計が重さや騒音レベルを犠牲しないものであることを逆説的に強調した。
一方、最適化の技術は、実は同一シリーズ内でさえ行われている。システムコンポーネントが違えば要求される熱設計も異なるため、同じThinkPad T61でも選択したCPUなどによって冷却ファンやヒートシンクのフィンの素材が変わる場合がある。そして、ファンが発生する周波数はブレードの枚数などでも変化するため、ノイズを抑える“フクロウの羽根”の形状も変わる。つまり、BTOメニューでちょっとCPUを変更するだけで、実はファンの中のブレードの形まで変わっているのだ。
この最適化に対するこだわりは、冷却パーツを生産するメーカーとの緊密な協業がなければ成立しないものだろう。中村氏は「例えばファンメーカーに仕様だけを投げても、彼らはシステムを知らないので本当に最適ものは作れない。(冷却デバイスは)メーカーと一緒に、システムにマッチしたものを開発していく必要がある。多くのノウハウや技術はファンメーカーに帰属するが、その結果、最終的にほかのPCメーカーに(技術が)流れても、問題はないと考えている。こういうアプローチを続ける限り、ThinkPadは常に最先端を走っていける」と自信を見せた。「“性能を犠牲にしない”という設計フィロソフィーを守りながら、今後も快適性を追求する冷却デバイスの基礎技術の開発強化を行っていく」。
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