日本の家電は、なぜ“多機能”なの牧ノブユキの「ワークアラウンド」

» 2010年04月21日 11時00分 公開
[牧ノブユキ,ITmedia]

機能を減らしても原価は下がらない

 「日本の家電は、なぜ多機能なの?」を考えるとき、重要なポイントが2つある。1つは「機能を減らしても製品の原価が下がるわけではない」という事実、もう1つは「機能の少なさを不満に思うのはユーザーより販売側に多い」という問題だ。

 面倒なことに、「機能を減らしたところで原価が下がるわけではない」という事情は、家電製品の開発に実際に携わったことがないとなかなか理解してもらえない。しかし、ICで制御されている電気製品では珍しいことではない。

 この事情を知るために、ハードウェアとソフトウェアの両方からチェックしていこう。ハードウェアの視点で考えた場合、既存製品から機能を削減することで、いくつかの部品が不要になったとする。そうなれば部品代は削減できる……、確かにこれだけで済めば削減は可能だ。例えばノートPCから有線LANを省いたり、プリンタからシリアルポートを廃止するといった例がこれに当たる。

 しかし、部品の削減によって基板そのものを改変することになると、図面を引き直して新しい基板を用意する必要が生じる。その結果として量産効果が失われ、むしろ原価の上昇を招く。ケーブルなどの付属品を削減するならまだしも、基板のようなひと固まりのユニットに手を入れるのは逆効果なのだ。

 ソフトウェアも同様で、機能の削減でもプログラムは書き直しが必要となる。ソフトウェア開発では機能の削減に伴なって発生した作業工数だけコストが上昇する。たとえ、コメントアウトしただけでも既存機能に影響が出ていないかチェックしなければならない。これらの作業工数は、新たに機能を追加して発生する場合とさほど変わらないことも多い。

 メーカーでAV機器の開発に携わる匿名A氏はこう言う。「製品に新機能を追加すると、それ以外の機能との組み合わせをすべてテストしなくてはいけない。これは機能を絞り込んだ場合でも同様だ。また、いったん削った機能を次期製品で復活させた場合でも、その間に追加された機能と総当たりでチェックが必要になる。最初の開発段階から機能は全部載せておき、載せた機能は途中のバージョンアップで削らないほうが、開発費用はかからなくて済む」

 事実、機能が絞り込まれているように見える製品の中には、単にファームウェアで機能を無効にしているだけで、回路は上位製品とまったく同じ場合も少なくない。逆に、ファームウェアに手を加えて開発工数が増え、上位モデルよりも原価が高くなっていることすらある。

 日本の家電製品においては、ベーシックなモデルに上位機種と下位機種を追加した「3本立て」のラインアップをとることが多い。これは、本命モデルを効果的に売るためのマーケティング的な施策だが、こうした商品企画では、機能豊富なハイエンドモデルから機能を削減して下位の2モデルを生み出すという手順がとられがちだ。こうして開発された製品のラインアップでは、すべてのモデルで原価がほとんど変わらないということもよく起こる。

 さらに、こうしたマーケティング施策は「機能が多ければハイエンド、少なければローエンド」という、単純明快な製品マトリクスを生み出す。こうした流れでは、「機能を絞り込んでエッジの立ったモデル」を生み出すのは困難だ。まして、上位モデルを含めて特定の機能を完全になくしてしまう勇気ある担当者は、ごくわずかといっていい。

販売側は「多機能が良品」

 さて、機能を絞り込んだコンセプチュアルな製品が美しいとする意見がある一方で、多機能こそが優れた商品であると信じる人も多い。筆者の経験でいうと、こうした考えは、ユーザーよりむしろ商品を量販店に売り込む「メーカーの営業マン」や、商品をユーザーに販売する「量販店の店員」に多い。

 ここで、某周辺機器メーカーでネットワーク機器の開発に携わっていた匿名B氏に登場してもらおう。B氏は、数年前にそれまで製品に標準添付されていた紙のマニュアル冊子を廃止し、PDF化してCD-ROMに収録するという試みを実施したことがある。Windows XPが発売されるよりも前のことで、多くの周辺機器にフルサイズのマニュアル冊子が添付されていた当時としてはかなり思い切ったアイデアだった。

 ユーザーの反応はおおむね好意的で、苦情は「自分の記憶している限りではなかった」(B氏)という。実際、製品の売れ行きも悪くはなかった。分厚いマニュアルを添付しないので梱包サイズが小さくなり、物流コストが削減できるというメリットも生まれた。

 しかし、これに異を唱えたのが営業部のスタッフだった。「紙のマニュアルがないと、量販店の店員がエンドユーザーに説明できない」というのが理由だった。少なくとも他社の製品にはすべて紙のマニュアルが付属する。自分たちの製品にだけないのは困る、というわけだ。販売店の店員から出てきた苦情を営業マンが報告してきたのだという。

 その後、数年を経て、多くのメーカーが製本された詳細なリファレンスマニュアルを止め、セットアップマニュアルのみを付属するようになるなど、結果的にB氏の試みが本流となったわけだが、時代の先を行き過ぎた当時の評価は必ずしも芳しいものではなかったようだ。

 もちろん、このエピソードだけで決めつけることは性急だ。ネットワーク製品という設定手順が難しい製品だったことも一因かもしれない。しかし、ユーザーがまったく気にしていないにもかかわらず、製品の販売を仲介する第三者の意見で新しいユニークな試みが挫折するのは少なくない。

実際に使われない機能や付属品を限りなく盛り込む

 しかし、絶対評価ではなく相対評価が重視される販売の現場では、どうしても機能や付属品の数で製品が評価されがちだ。彼らは導入した機能を列挙した比較表を作り、マルがついた項目の数で商品の優劣を決めようとする。彼らにとって訴求ポイントは購入希望者を納得させる材料でなければならない。製品を企画設計する側と話が合わないのも無理はない。

 こうした事態を回避して、開発段階における製品のコンセプトや機能の意味をエンドユーザーに正しく訴求するためには、「販売を仲介する立場の人間」を極力バイパスする形で販路を設けるのが望ましいことになる。その1つが「メーカー直販」というスタイルになる。コンセプチュアルな製品を売るときに天敵となる相対評価を排除するために、販売経路そのものを見直してしまうというわけだ。

 もっとも、これは理想論でメーカー直販という販路だけで十分な数を売って利益を確保するのは、量販店ルートに大きく依存する日本では難しい。ワールドワイドに展開できれば量販店のウエイトも変わってくるが、どのメーカーもできることではない上、ローカライズによってコストが上昇する危険性もある。満足いくだけの数が出荷できなければ、結果として失敗と評価されて次期製品の開発ができなくなる。そうなってしまっては元も子もない。

 であれば、エッジの立った製品を開発することは最初からあきらめて素直に路線を変更すべし、と、実際に利用される回数が限りなく少ないにもかかわらず、宣伝のためにあったほうがいい機能や付属品を限りなく盛り込むことになる。結果的に、初心者向けのルータなのにNAT機能がついていたり、法人向けのNASなのにDLNAをサポートしていたりと、訴求ポイントがブレた製品が登場する。しかし、こうした進化は、他社製品との相対評価においてマイナスに作用することは決してない。すべて「多機能」「付加価値」というキャッチフレーズでプラスに働く。ユーザーのニーズは二の次なのだ。

amadanaの取り組みに注目

 一方で、社内の体制がユニークな製品を生み出す阻害要因とならない場合も多い。コンセプトが優れた商品であっても、社内の企画会議で反対する役員が1人でもいれば、企画が日の目をみることなく終わってしまう。さまざまな意見を取り入れるほどコンセプトが不明瞭になるという「衆愚」プロセスが(悪い意味で)効果的に機能するのだ。

 ほかにも、株主対策で発表を優先してしまったため後戻りができなくなったり、発売日優先で中途半端な状態でリリースして評判を大きく落としてしまったり、ファームウェアを更新するつもりがその前に悪い評判が確定してしまったり……と、足をすくわれる要素は無限に存在している。これらをすべてクリアしなければ、ユニークな製品が日の目をみることはない。ただでさえモノが売れないこの時代において、結果的に事なかれ主義的な発想になっても、製品開発の担当者を責めることはできないだろう。

 最後になったが、広告宣伝にある程度の予算をかけられるのであれば、機能とは異なるまったく別のコンセプト、例えばブランドを前面に打ち出し、指名買いを誘発する方法も効果的だ。最近ではamadanaの販売手法がそれに近い。amadanaの製品は直販店やインテリアショップが主な流通ルートで、機能的に競合する商品と直接ぶつかることはない。あえてマニア層に背を向けたマーケティングという意味では、無印良品などに近いスタイルといえる。amadamaが行おうとしている試みは、こうした構造を打破できるかどうかの、ひとつの試金石となるのではないかと思う。

台湾PCベンダーのAcerが扱う「フェラーリ」(写真=左)やASUSのランボルギーニ(写真=右)などの車メーカーブランドを冠したノートPCも、本文で述べている「機能とは異なるまったく別のコンセプト、例えばブランドを前面に打ち出し、指名買いを誘発する方法」といえるだろう

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