失われたデータを求めて――HDDサルベージ探訪(後編)「先生、助けて! ウチのHDDが息をしていないの」(2/2 ページ)

» 2011年02月28日 18時30分 公開
[後藤治,ITmedia]
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あのHDDはやはり問題は多いのか

データ復旧事業部復旧技術チーム エキスパートの趙暁豪(Shao Cyo)氏

 以上、HDDの復旧を専門に行う日本データテクノロジーの技術力の高さと、顧客視点に立ったきめ細かいサービスを紹介してきた。これで筆者がお願いしたHDD復旧費用も“特別価格”で対応してくれるに違いない(もちろん冗談です)。

 さて、それでは本題に入ろう。最初の持ち込み診断で気になっていた、シーゲイト製HDDが持つ“固有の問題”についてだ。答えてくれたのは、データ復旧技術チームの中でも最も経験が豊富な、いわばチームの“エース”、趙暁豪(Shao Cyo)さん。筆者のぶしつけな質問にも笑顔で応じてくれた(それはもう、そんなことまで言っていいのかとこちらが不安になってしまうくらいに)。

―― まず、HDDの復旧方法と、今回持ち込んだHDDについて教えてください。どうにもお手上げ状態だったのですが、どこが壊れていたのでしょうか。

 この間も説明しましたが、HDDには落下などの衝撃や熱によってヘッドやプラッタがゆがんでしまうといった物理障害と、ファイルシステムが壊れる、ユーザーが誤ってデータを消去してしまうなどの論理障害の2種類があります。物理障害の場合は、先ほどラボでもご覧になったとおり、正常な部品の移植によって一時的に利用可能な状態に変え、データを吸い出してクローンを作成します。一方、論理障害の場合は専用ツールを使ってセクタ単位で修復を試みます。もちろん、両方の作業が必要な場合もあります。

 ちなみに、今回のBarracuda 7200.11は、非常によく持ち込まれるHDDの1つで……診断自体はわずか3分しかかかっていないのですが、実はこのHDDには、ファームウェアに初期不良のあるものが混ざっているというのが業界の常識になっています。その結果、突然正常に動作しなくなることがあるのです。

―― ……(そういえばシーゲイト製HDDは、2009年にもかなり大きなファームウェア問題を起こしていたな)

問題のHDD「Barracuda 7200.11」シリーズ

 もう少し具体的に説明しましょう。HDDのファームウェアは、モーターの回転速度を決めたり、ヘッドを制御するものといったように、いくつかのモジュールに分かれているのですが、Barracuda 7200.11はバッドセクタを記憶するモジュールに不具合があるようです。通常HDDは、不良セクタが発生すると、その部分を担当モジュールが記憶して使わないようにしていくわけですが、一部のBarracuda 7200.11はこれができません。バッドセクタがデータ領域にあればよいのですが、システムに関わるサービス領域に発生した場合は、当然ながら正常起動ができなくなります。

 出荷状態では不良セクタがあっても、その位置をきちんと記憶しているのですが、新たに発生する部分には対応できないため、『バッドセクタが増えたというアラートが出たのでHDDを交換しよう』と思うまもなく、ユーザーにとっては予兆もなしに突然壊れてしまうことになりますね。

正常な基板から不具合のあるチップだけを交換してハンダ付けすることもある

―― なるほど。その場合はどうするんですか?

 この場合は、これまでストックしておいた正常なファームウェアを使って、復旧ツール上で適合するものに修正する必要があります。Barracuda 7200.11がすべて該当するわけではなく、容量や産地でもそれぞれですし、同一ロットでさえ正常なものと異常なものがあるという状況ですね。シーゲイトはいまだにこのファームウェア不良を解決していないので、根はかなり深いと思います。

―― でもBarracudaにはES版(エンタープライズ向け製品)もありますが……

 ESは選別品なので確かに壊れにくいということはあるでしょう。ただ、ファームウェア不良の場合はあまり意味がないでしょうね。HDDを継続的に使用していくうえで、バッドセクタが皆無ということはないので、一度でも不良セクタがサービス領域に発生してそこを踏んでしまえば、ESだろうと障害が発生します。実際、ESも普通に持ち込まれますよ。

―― ほかにもHDDメーカーによって何か特性はありますか?

 これは経験上の話ですが、ウエスタンデジタルは復旧が難しい印象を受けます。不具合が発生した場合に、まったく型番が同じHDDであっても、この部品のどれとどれが適合する、といった定石が見えてこないです。壊れやすいということはまったくないのですが、問題が起きた際にデータを復旧するのがなかなか難しい。また、日立製もいったん壊れると、プラッタにスクラッチが入ってしまうケースが多いので、復旧率は低いと思います。

―― 2.5インチはどうでしょう?

 2.5インチでは東芝製がよく出来ています。復旧側から見ても、壊れにくく、復旧しやすいHDDといえるでしょう。仮説ですが、ヘッドの作りが非常にタフで、多少雑に扱っても安定してるのが要因だと思います。直しやすいHDDが多いので、新人が入ってきてまずはじめにトレーニングで使われるのが東芝の2.5インチHDDです(笑)。同業者の中には「東芝100%復旧」をうたうところもあるようですが、業界人からみればそりゃそうだろう、という。

―― HDDの低価格化が進んで、大容量モデルも安価に購入できるようになりました。その半面、データを失ったときのダメージも大きくなってしまっています。ユーザーとしては、購入時にできるだけ壊れにくいHDDを選びたいと思うのですが、一体どれを買えばよいのでしょうか。

 基本的に動作不良で持ち込まれるHDDは、やはり市場に出て3年から5年が経過したモデルが多いので、後から統計的に見てあのモデルはちょっとおかしいと分かりますが、未来的な予測はなかなか難しいというのが現状ですね。復旧用のHDDストックとして今一番欲しいのもだいたい3年前のモデルです。

―― HDDは3年経てば壊れるものと考えておけ、ということですね。それでは質問を変えましょう。趙さんが今HDDを購入するとしたら、どのモデルを購入しますか?(笑)

 そうですね……(笑)。価格を考えないのであれば、ウエスタンデジタルのブラックキャビア(WD Caviar Black)がオススメです。いちおう部品としてストックはしていますが、まずめったに(データ復旧で)入庫することはないですね。これまで持ち込まれたことがほとんどなく、非常に安定したシリーズだと思いますよ。

―― ありがとうございました。


 HDDサルベージの現場を取材して分かったのは、HDDがクラッシュしてほとんど世界の終わりみたいな気持ちになっていたとしても、専門家にとってはよくある日常に過ぎないということだ。彼らは日々HDDを復旧する中で膨大なノウハウを蓄積し、時には手動で気の遠くなる数のセクタから一部分だけを書き換え、時には外科手術のようにチップだけを取り換えて、魔法のように失われたデータを取り戻してくれる。

 壊れたHDDの中にどうしても必要なデータがあるのなら、あきらめてしまう前に、まずはHDD復旧専門企業に相談してみることをおすすめしたい。

※本記事で取り上げたHDDおよびHDDメーカーの製品に関する見解は、日本データテクノロジーに持ち込まれた故障HDDの傾向であり、すべての製品に当てはまるものではありません。

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