ビックとコジマのハザマで震えるメーカー営業マン牧ノブユキの「ワークアラウンド」(1/2 ページ)

» 2012年05月16日 16時00分 公開
[牧ノブユキ,ITmedia]

「売価は同じで仕入原価が違う」が合併で筒抜けに

 ビックカメラがコジマを買収するという。家電量販店の売上高でいうと5位と6位の合併だ。彼らが出したプレスリリースには「コジマが抜本的な店舗のスクラップ・アンド・ビルドを行うことを前提に」との一文があり、業務の効率化を狙った商品の仕入れや物流の統合はもちろん、既存店舗についても大規模な統廃合を行うものと予想される。

 こうした量販店同士の合併は、それらの店舗に対して製品を納入しているメーカーにも影響が及ぶ。店舗の統廃合で陳列スペースが減少するという単純な問題だけでなく、できれば伏せておきたかった取引上の“密約”やメーカー側の弱みが、合併をきっかけに露呈するからだ。

 量販店合併によって起きる問題の多くは、仕入価格や納入条件など、取引の諸条件にまつわるものだ。メーカーは取引先ごとにこれらの条件を事細かに変えているが、これらが合併によって露見する。例えば、量販店Aと量販店Bで、あるPC周辺機器が1万円で売られているとする。この場合、メーカーからの納入価格も横並びであるように錯覚しやすいが、必ずしもそうではない。例えば、量販店Aの利益率は30パーセントに統一しているのに、量販店Bは35パーセントに統一している場合がある。同じ売価1万円の製品でも、納入価格ベースでは量販店Aは7000円、量販店Bは6500円とズレがある。

 メーカー側は、納入価格を少しでも高くするとそれだけ利益が得られるわけで、「うちは、どのお取引先さまにも30パーセントになるように原価を設定をしています」と商品マスター登録時に突っぱねてもいいが、ほかの取引先メーカーがその利益率を受け入れているようであれば、最終的に従わざるを得なくなる。製品の差別化が難しいアクセサリの類になると、量販店はより利益率が高い製品を売ろうとするので、値引きを渋っているとほかのメーカーに“棚”を奪われてしまうからだ。

 納入価格の違いは、店頭に陳列されている状態では分からないし、ライバル関係にある量販店Aと量販店Bが互いの納入価格を知ることは通常起こり得ない。ところが、よりによってこの量販店Aと量販店Bが合併したりすると、納入原価を含む商品マスターがバイヤーのレベルで共有できることになる。量販店Aからすると「うちはこれまで7000円で仕入れていたのに、あちらは500円も安かったとは。総額でどれだけ損をしていたんだ」と憤慨するのも当然だ。よりによって納入原価が高かった量販店のバイヤーが合併後の窓口になったりすると、メーカー担当者にとって最悪だ。

 ここで明暗を分けるのは、それまでのメーカー営業マンの姿勢にあるといっても過言ではない。「納入価格は単品で見ると他社が安い場合もなくはないんですが、御社にはサービスも含めてトータルでメリットが出るようにしています。クレームがあってもすぐ駆けつける体制を整えて、チラシ商材もお安くできます。なので、細かいところは勘弁して下さい」と、大人の事情も含ませて説明していれば、量販店のバイヤーも「まあ多少は仕方ないか」となり(もちろん大目に見ないバイヤーもいるが)、前述のようなケースでも炎上は最小限に食い止められる。

 しかし、「御社への納入価格はうちの社内でも最安値です! 他店にたいして、これより有利な条件を出すことは絶対にあり得ません! 今後とも弊社をよろしくお願いします!」と歯が浮くような口上で対応していたりすると、こうしたケースで言い逃れができない。勢いばかりの若手営業マンがよくやるミスだが、現場の細かい折衝が苦手な社長や部長クラスの人間がこのようなウソを並べ立てていたりすると始末に負えない。

 こういう場合の落としどころとしては、窓口の営業マンを担当から外した上で安い価格にそろえ、さらに、店頭在庫分の補填をするといった対応になるが、下手をすると、これまでの仕入額に見合った補填を要求されたり、あるいは、定番品がほかのメーカーに替えられるという事態に発展しがちだ。身から出たサビとはいえ、メーカーにとって恐ろしきは「合併による情報共有」ということになる。

店舗閉鎖による大量返品に加えて、返品条件の相違も明らかに

 合併によって発生するトラブルは、納入価格の問題だけでない。メーカーの売上を支えてきた屋台骨を揺るがしかねないのが、返品にまつわる問題だ。1つは返品条件のズレに関する問題。もう1つが閉店店舗からの在庫の引き上げに関する問題だ。

 量販店Aでは、良品返品が原則お断りで、やむを得ない場合のみ同額相当の製品と入れ替えるという条件なのに、量販店Bでは無条件で返品可、となっていたりすることがある。こうした場合、量販店側に有利な条件、ここのケースでは、無条件で返品可という条件に統一せざるを得なくなる。一般的に、返品条件が緩いケースは、社内的に「不利な条件だが、店舗数がそれほど多くはないので、仕方ないだろう」とやむを得ずやっていたのが、合併によって一気に対象店舗が拡大してしまうことになる。しかも、いったん緩和した条件を元に戻すのは難しい。以降、緩めた返品条件で発生するコスト負担は、メーカーの経営を長期にわたってじわじわとむしばむことになる。

 合併後は、店舗の統廃合によって大量の返品が発生しがちだ。仮に、200店舗あるうちの数店舗が閉店になったとしても、ほかの店舗に在庫を分散して引き取ってもらえば、返品を直接受ける必要はなくなる。しかし、100店舗と200店舗が合併して、そのうち50店舗が順次閉店といった形になると、ほかの店舗で融通してもらうには在庫の量が多すぎて手に負えない。結果的に、メーカーは、これら50店舗分の在庫を(その何割かは閉店セールで特価処分するにせよ)すべて良品返品という形で受けざるを得なくなる。下手をすると何カ月分の利益が吹っ飛ぶくらいの額だ。

 「それだけ規模の大きい量販店なら自前の物流センターがあるだろうから、店舗で引き取れない在庫は物流センターにいったん集約して、オーダーがあった店舗に再度出荷すればよいのでは」と思うかもしれない。しかし、物流センターのキャパシティにも限界があるだけでなく、容易に再出荷できない大きな障害がある。それが「値札シール」だ。

 閉店した店から送り返されてきた製品に貼られている値札シールは、店舗固有の番号を印字している場合もあるうえ、もし合併によって店名が変わっていたりすると、いったんはがして貼り直す必要が出てくる。合併によって売価が変更になった場合も同様だ。

 もし、これが少量であれば、転送先の店舗スタッフが不平を言いつつ自分たちで貼り直してくれるので、メーカー側が労力を割くこともない。しかし、物流センターにすべての返品がまとめられるとなると、少々事情が変わってくる。メーカーの営業マンが物流センターに出向いてすべての値札ラベルをはがすというのは手間的にもありえないので、結果的にメーカー返品を受けざるを得なくなる。この場合、ラベルをはがすというより、パッケージごと再生する流れになるので、多大な費用が発生する。どちらに転んでもメーカーは多大なコストを強いられるわけだ。

 そこに追い打ちをかけるのが、量販店からの協賛依頼だ。合併を祝ってセールをやるから特価品を用意しろ、値引きをしろ、協賛金を払え、という打診が相次いで寄せられる。ただでさえ返品で多大なコストがかかっているのに、通常品をはるかに下回る薄利で商材提供を強いられるため、売っても売っても取り返せない敗戦処理のような付き合いが続くことになる。

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