ニュース 2002年6月28日 02:25 AM 更新

Interview
「IPv6の役割は自由と創造性の基盤」と村井純氏(2/2)


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ZDNet 米国や国内の一部には、「IPv4のアドレスを適切に割り当てなおせば、アドレス不足は起こらない」とする“IPv6不要論”もあるようですが……。

村井 実は、1992年に次世代IPプロトコル、「IPng」を作ろうとしたときには、2つのことを考えました。1つはどうやってIPv4を生き長らえさせるかで、このためにサブネットやCIDR、NATの導入といった手法が考えられました。

 NATはエンド・ツー・エンドのコミュニケーションを実現できないメカニズムであることは明らかなんですが、IPv4アドレスの延命策としては一番使いやすかったのです。つまり、Webや電子メールといった、クライアントサーバ式のアプリケーションしか利用しないのであれば、NATで同じアドレスを何箇所でも使ってもまかなえるというわけですね。しかし非対称のコミュニケーションであるという点では変則的ではあるわけです。

 ところが現状は、チャットやVoIPに代表されるように、ポイント・ツー・ポイント、ピア・ツー・ピア(P2P)のコミュニケーションやアプリケーションに対する要求がどんどん出てきています。こうしたアプリケーションの広がりをどう実現していくのか。NATでできるのかと。また、人間どうしのコミュニケーションだけでなく、「M2M」というマシン・ツー・マシンのコミュニケーションをどう扱うか。人間とセンサーの関係はどうするか。

 こうした新しいものが生まれてくる素地となる、独立したコミュニケーションが可能な基盤をどうやって作ろうかという話が1つ。それと、今のインターネットアプリケーションは有用なので、どのようにしてこれを使い続けていくかという話がもう1つ。前者は後者を含むのですが、これがIPv6、後者だけの保険を考えるのがIPv4+NATの方法。保険を前提に、積極的にすすめるのは当然の戦略でしょう。

“今までと同じように電子メールとWebで行くんだ、それがインターネットだ”という前提ならば、アドレスの枯渇はNATで解決できます。だけど、モビリティもあり、認証もあり、さらに色んなものがつながってきて、P2Pアプリケーションの可能性もあるという世界をどう実現していくかとなると、答えはやはりIPv6です。確かに、問題を個々に切り分ければ、それぞれ答えはあります。僕だって反対の立場から、1つひとつの問題には"こういう解決策がありますよ"と答えることだってできます。

 けれど本当に大事なのは、ものすごく単純――シンプルであり、あらゆるものにグローバルなアドレスが付いていて、誰とでもどれとでも話すことができるルーティングメカニズムがあって、さあ、これで何か新しいことをしようという世界を提供すること。自由と創造性をどう提供していくかがIPv6の使命だと考えています。

 IPv6のアーキテクチャを決めるときには、この「シンプル」であるということに、特に重点を置いて議論しました。アーキテクチャはIPv4よりもIPv6のほうがシンプルなんですよ。ヘッダーも、中継点の処理もシンプル。残りは全部エンドシステムでやるわけです。

 非常に単純で、誰にでも分かるから、どんどん広がっていく。エンジニアが新しい発想で何かを自由に作り出すことができる。こういうことが狙いなんです。つまり自由と創造性の基盤を用意して、何でも使えるようにしていく。これを否定するやり方でインターネットが広がっていくことはありえないでしょう。

 ただ、池田(信夫氏:産業経済研究所)さんがおっしゃっていることには、大事なポイントがたくさんあります。例えば、政府からお金を取ってある技術を支援することが、根本的にいいことなのかどうか、政府がある技術をプッシュして、それが失敗したときの責任は誰が取るんだといった議論も確かにあります。こうした部分は十分留意すべきだと思います。

 日本の場合、政府の「e-Japan計画」の中でIPv6を利用して新しいインターネット世界を開きましょうという政策が出てきたり、IPv6を利用した実証実験に予算が付けられたりという背景があります。こうしたことが、想定した範疇を超えてしまっていないか、あるいは別の技術の進歩を止めてはいないかと、そこは気を付けなくてはいけない。

 これが「IPv6不要論」の論点の中で一番大事なことで、僕も大事だと思います。僕らがIPv6を推進し、別の方が別の観点からチェックを行う。これはすばらしく、健全なコンビネーションですよ。今後もそうした議論は大いにすべきだと思うし、情報公開ももちろん行うべき。こうしたことをひっくるめて、社会におけるコンセンサス作りに向けた努力が必要だと思います。

 そういう意味で、私は「IPv6不要論」というタイトルは変えてほしいと思っていますが(笑い)、IPv6の推進のあり方はこれでいいのかという議論は、大いにすべきだと思います。

ZDNet では改めて伺いますが、今回の展示も踏まえ、IPv6ならではの新しいアプリケーションにはどういったものがあるでしょうか? 昨年のIPv6 ShowCaseや実証実験では、インターネットカーや生体情報の測定・取得機器(横河電機)などが登場しています。

村井 後は、ファクトリーオートメーション、FAがあると思います。工場のネットワークはこれまでプロプライエタリなものでしたが、今後はIPになっていくでしょう。そして、これから新しくIPネットワークを作ると言うときに、IPv6ではなくIPv4で作るとなると、かえってリスクがあるんじゃないでしょうか。というのもこうしたシステムは、ひとたび導入すれば10年、15年というスパンで動くわけですからね。

 またインターネットITS共同研究グループでは、名古屋を中心に1月から3月にかけて、約2000台のタクシーが参加するIPv6実験を行いました。各車両を一種のプローブとして、さまざまな情報を収集したのですが、これも新しい"島"ですよね。こうした、これまでは使っていなかったけれど、新たにインターネットを使おうという分野ならば、もうIPv6で構築してしまっていいわけです。そうすることで、新たな効果も出てくる。実際名古屋の実験では、終了後にタクシー業界の方から「これは業務に役立つから、ぜひ引き続きやらせてください」という申し出が複数ありました。

 開発や研究のときもそうですが、IPv4でやるか、IPv6でやるか。将来性を考えたらIPv6で作っておいて、後で必要に応じてIPv4に変換するほうが、後からIPv6にするよりも楽かもしれません。

ZDNet ネットワークのリプレースに合わせ、今後数年間をにらんでIPv6を全面的に導入した企業もありますね。

村井 ええ。去年までは、僕の前ではさすがに口には出さなくても、僕が帰ると「本当にIPv6って広がるの?」と心配してささやきあう声もあったんですが、今はさすがに、それはなくなりました(笑い)。これが去年からの一番大きな違いかもしれない。

 アメリカの政府調達でも、IPv6が指定されるようになったでしょう? 実は正直に言うと、僕が一番心配していたのがアメリカの対応だったんですよ。でも政府調達も、またInternet2も、大学も全部、IPv6ネイティブになります。こうなればもう、「導入されるか、されないか」という議論ではありませんね。あとは時間の問題です。

 つまり、飛行機が滑走路を走っていて、「この飛行機はいつ離陸するの?」っていう話ですよね。飛ぶことは間違いない。あとはどこに飛んでいくのか、安定して飛ぶのかといったことが焦点です。

ZDNet では最後に、その離陸後に向けた検討課題は何でしょう?

村井 やはり、特徴のある情報、個人的な情報を扱う可能性が出てきますから、プライバシーやセキュリティとの関わりは深くなります。そのための体制や社会全体のコンセンサス作りが必要になるでしょうね。

 あとはさっき話したとおり、市場が求めるモデルにとって最適なアドレス割り当ての方法や運用のメカニズムを考えていかなければなりません。これはコンシューマーやマーケットと、技術開発側ががっぷり組んで作り上げていくことだと思います。

 これから一番大切なことは、個別の技術に関する問題ではないと思います。コンシューマーからはこうした要求があり、こういうマーケットがあり、こういう使い方があるとニーズを伝える。それに対し技術開発サイドは、そのために必要な技術はこれで、こういう技術があればこんなことが可能になるとか、そういう発想に基づくならばこういう要素が必要だし、こういう使い方ならばこういう運用を行わなければならないと提案する……こんな風に、お互いが常にすばやく対応していける場をきちんと作ることが、一番大きな課題じゃないかなと思います。そして、IPv6普及・高度化推進協議会がその「場」の役割を担い、実験や情報共有などを進めていければと期待しています。

関連リンク
▼ NetWorld+Interop 2002 Tokyo オフィシャルサイト

[高橋睦美, ITmedia]

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