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チベットに魅せられる中国の歌姫たち
チベット高原のイメージにぴったりな歌姫――ヤン・チェン

 4オクターブの歌声という才能と、楚々とした美しさをうまれ持つヤン・チェンさんの歩んできた道のりは、多くの困難と幸運に見舞われる波乱に満ちたものだった。

 中国の古都・西安に産まれた彼女は子供の頃から歌が大好きで、中学・高校ともに音楽学校に通い、師範大の声楽科に進んだ。教授になることを嘱望されていたにもかかわらず、安定した道よりも歌手の夢を選び、日本でデザイナーの勉強をしていた姉を慕って来日。だがその姉は、来日してまもない4日後に倒れ、わずか3カ月後に息を引き取ってしまう――。

 言葉が通じず身よりもいない日本で必死に勉強したヤン・チェンさんは、1年半後、見事に大阪音楽大学へ入学。在学中も歌の才能で頭角を現し、オペラ「蝶々夫人」に出演が抜擢されヨーロッパでオペラ公演を行ったほどであった。

ヤン・チェン

 運命の1995年、誰もが忘れられない阪神大震災に遭ったヤン・チェンさんは、被災者の人々の悲しみを少しでも癒すために、ボランティアで仮設住宅を回り歌声を披露した。このボランティアがデビューのきっかけとなり、日中友好30周年の2002年、テレサ・テンのヒットメーカーである荒木とよひさ氏・三木たかし氏の両名によってデビューを果たしたのである。

 そんなヤン・チェンさんの歌声は「チベット高原のイメージにぴったり」と、日本詞をつけた作詞家・葉山真理さんは太鼓判を押す。チベットに想いを馳せはしても、実際に行ったことのある中国人はそう多くはない。今秋、ヤン・チェンさんはファンの人々とともに、青蔵鉄道に乗って拉薩(ラサ)を訪れる予定なのだそう。

 「ずっと憧れていたチベットですから、すごくワクワクしています。人生観が変わるんじゃないかと期待しています」

ヤン・チェン プロフィール
壮大な世界観をベースにした音楽――サー・ディンディン

 ビョーク、エニグマ、Deep Forestを彷彿とさせる、ヒーリングミュージックシーンの新世代Artistとして、UNIVERSAL MUSICから全世界デビューを果たした薩頂頂(サー・ディンディン)さんの音楽は、チベットをはじめとする中国少数民族のテイストに仏教文化をミックスした壮大な世界観をベースにしている。

 「私のファーストアルバム『アライブ』は、仏教文化をテーマにしています。仏教文化に関わるもの、例えば、チベット、雲南省の少数民族、モンゴル、そういった要素をこのアルバムに取り入れたいと思っていました。事前に行ったことのない場所もありますが、想像力やその地方に対する理解を頼りに、自分が考える音楽世界を思い描きました」

薩頂頂(サー・ディンディン)01

 サー・ディンディンさんは、イメージと直感でつくりあげた作品を、あとからフィールドワークするという表現方法をとっている。

 「音楽が出来上がってからは、実際チベットや雲南などに行って検証を行いました。自分が想像したもの、理解したものは正しいのか、もし違いがあるとしたら、どこが違うのか、実際に見て聞いて確認し、そのプロセスを楽しんだのです。今回のアルバムを聴いた人からは、『あなたは長くチベットで暮らしていたでしょう、そうじゃなければ、これだけのものに仕上げることはできないはずだ』と、よく言われました。でも本当に私はチベットに行ったことがなかったのです」

 サー・ディンディンさんの作品を聴いた人が、彼女のことをチベット族のアーティストだと思い込んでしまうほどのリアル感にあふれた楽曲づくりのベースになっているのは、仏教文化である。

薩頂頂(サー・ディンディン)02

 「音楽作りにあたって、私は仏教から多くのインスピレーションを得ています。仏教文化はインドから中国に入り、数千年にわたって中国に深く根ざし、いまや中国文化の中で欠かせない重要な一部となっています。中国人は誰もが多かれ少なかれ仏教文化の影響を受けています。平和、調和、天人合一を強調している仏教は、一中国人として表現しやすいテーマです。人々に平和や調和というメッセージを送り、心に癒しを与えられたらというのが音楽を通じた私の願いです」

薩頂頂(サー・ディンディン)03

 サー・ディンディンさんのファンからは、曲を聴いて、自然に触れたいという衝動に駆られて旅行に出かけたとか、美しいものが見えるようになったとか、都市の喧騒やストレスから開放されて新鮮な空気を吸ったような気分になったという声が多数寄せられているそうである。

 物質への欲求から、癒しや調和、解放へ――。精神の豊かさを希求する若者の姿に、中国の真の近代化への道のりと、競争社会、格差社会に持つ潜在的な疲弊も感じられるのである。

薩頂頂(サー・ディンディン)04
薩頂頂(サー・ディンディン) プロフィール

似鳥陽子(にたどり ようこ)
http://princess-aura.net/
似鳥陽子(にたどり ようこ)

取材・文/似鳥 陽子