エンタープライズ:トピックス 2002年6月13日更新

Case Study:トヨタF1マシンの膨大な設計・シミュレーションを支えるEMCのストレージ製品

 日本のモータースポーツファンにとって、今年は久しぶりに、「フォーミュラ1」(F1)を巡る話題には事欠かない年になっている。

 まずは日本人ドライバー、佐藤琢磨の奮戦ぶりが挙げられる。もう1つが、巨人・トヨタの参戦だ。特にトヨタは、エンジン、シャーシ(車体)、部品をすべて自社でまかなう方式を取り、満を持してこのシーズンに臨んだ。そして初参戦ながら、第1戦のオーストラリア・グランプリでいきなりポイントを獲得。シーズン序盤で早くも2回の入賞という好成績を残している。

 かつてF1グランプリの勝負を決めた要素は、ドライバーの腕と度胸、シャーシとエンジンの性能やセッティング、あとは運だ。だが最近はもう1つ重要な要素がある。情報システム、いわゆるITだ。車体の設計からシミュレーション、テスト走行や本戦時のデータ収集と解析まで、コンピュータとネットワーク、そしてやり取りされるデータを格納するストレージなくしては行えない。

F1を支えるIT

 F1 トヨタチームのプロジェクトを担う、トヨタ・モータースポーツ(TMG)のITマネジャー、Waldemar Klemm氏(ワルデマー・クレム氏)も次のように述べている。「設計も生産計画も、すべてITと関連付けられており、ITの力なくしてはできない」

 クレム氏によると、トヨタが正式にF1への参入を決定した1999年から3年あまりの間に、ドイツ・ケルンに本拠を置くTMGは、いっさい白紙の状態から、車体製作のラインや試験用風洞の建設だけでなく、各種ロジスティクスに必要なERPシステム、車体の設計に必要なCAD/ストレージシステムといったITインフラの構築までを行ったという。

参戦1年目なので学ぶことはまだ多いとしながらも、これまでの成果に「まず満足している」というクレム氏

 TMGはそれまでもWRC(世界ラリー選手権)やルマン24時間耐久レースなどで経験を積んでいたとはいえ、短期間で各種部品と車体のデザインを行い、生産計画を立て、実際に組み上げていくには、「柔軟性に富み、信頼性が高く、しかも拡張性の高いITインフラ、それも大量のストレージを交換できるインフラが必要だった」(クレム氏)。

データの保持と履歴管理が重要に

 チームではレースやテスト走行時に、車体に取り付けられた300個のセンサーから情報を収集し、分析する。ピットレーン通過時には、無線経由、いわゆるテレマトリックスでデータを送信するほか、ピットストップ時には「ブラックボックス」と呼ばれる装置から、より包括的な情報を収集する仕組みだ。テストの内容や状況にもよるが、こうして収集される情報は1回につき80GBから200GBにも及ぶという。

 集められた情報は、即座に、会場近くのトレーラー内のEMC CLARiXにまず格納され、そこから衛星回線経由でケルンの本社やその他の拠点に送信される。設計チーム側はこのデータを元に変更を加えたモデルを作成し、風洞テストを行い、結果が良好であれば製作に入るという流れだ。シャーシだけでなく、エンジンやその他の部品についても同じステップが取られる。

 このためTMGにとっては、各ステップにおけるデータの交換・保持と履歴管理が非常に重要な意味を持つ。これらの作業をいかに速やかに、また確実に行えるかが、即座にシャーシの出来を左右するのだ。

1日分の作業が丸々無駄に……

 同社ではCAD/CAMソフト「CATIA/ENOVIA」を採用して各種部品の設計を行っている。作業には多くのエンジニアが携わっており、対象となる部品も多岐に渡る。

 実際にレースに登場する車は2台だけだが、その影では20万にも上るエンジンやシャーシ、部品などが設計され、これらの最適な組み合わせを見つけ出すべく、膨大な数のシミュレーションが行われている。この結果、1つのモデルを作り出すために数テラバイトのデータを要するということだ。

 対象となるモデルや部品は、他の要素と密接に関連付けられており、ツリー上に組み合わされている。したがってどこか一部に変更が発生すると、他の多くの部分にも影響が及んでしまい、やり直しを余儀なくされる部分も多かった。ときには作業ミスが発生したり、ストレージがクラッシュしてしまったりで、貴重なデータが失われてしまうこともあったそうだ。

「もちろんバックアップは取っていたが、その間隔は1日ごと。一部に変更が発生すると他の部分は無駄になってしまい、その日の分の作業が消えてしまっていた。リカバリにも多くの時間がかかっていたし、システムの規模が大きくなるとパフォーマンスが落ちてしまうという問題があった」(クレム氏)。

 TMGではデザインに要する時間とコストの節約、ストレージ管理ソフトによるデータの適切な管理、それにグローバルなカバレッジといった要件を基に、幾つか候補を検討。結果としてEMCの製品群を選択した。「適切な管理ソフトがあったこと、技術レベルの高さ、それにスキルを備えた人材があったことがポイントになった」(クレム氏)

「非常によく動いている」

 現在TMGでは、データセンターを2カ所に配置し、それぞれにストレージシステム「Symmetrix」や「Celerra File Servers」、ダイレクタ「Connetcrix」を導入し、ミラーリングを行っている。別途「Celerra SE」も導入され、同様にデータセンター間でミラーリングが行われている。このシステムは、EMC側のコントロールセンターから遠隔監視される仕組みだ。

 新システムの信頼性は非常に高いといい、「この2年でダウンタイムは30分未満。落ちたのを見たことがない」とクレム氏は述べている。また、TMGはワークステーションにUNIXとWindows 2000が混在している環境だが、どちらからも同じようにアクセスでき、逆に同じように管理作業を行えることもメリットとなった。

 リカバリに時間がかかりすぎ、しかも1日分の作業をロスしてしまうという問題は、やはりEMCのストレージ管理ソフト、「SnapView」と「TimeFinder」によって解決された。これにより、たとえCATIA上でデータの変更や消失があっても、ロスは最大で1時間分に抑えられているという。またTimeFinderではチーム情報を管理するOracleデータベースとストレージシステムとで4時間ごとに同期を取るため、その他の情報についてもリカバリが容易になった。

 TimeFinderの活用からは、テストの際に本番稼働データのコピーを利用できるようになり、少ない時間でテストを行えるようになったというメリットも生まれた。

 なおTMGは、一連のストレージシステム導入をきっかけに、EMCを情報インフラの公式プロバイダーとして指名し、スポンサー契約を結んでいる。「誤解してほしくないのだが、スポンサーだからEMCの機器を導入したわけではない。まったく逆だ」(クレム氏)

 今後は、バックアップシステム「EDM」の導入を計画するほか、ストレージシステムのさらなる高速化と最適化に取り組むとクレム氏は語っている。「コンサルティングとTMGの協力によって、インテグレーション上の問題を解決した。システムにはトラブルが付き物だが、われわれのケースは例外的で、非常によく動いている」(クレム氏)

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[高橋睦美 ,ITmedia]