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れこめんどDVD「パプリカ」DVDレビュー(2/2 ページ)

» 2007年06月22日 01時13分 公開
[龍崎登,ITmedia]
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今敏監督ならではの映像表現

 登場人物が夢か現実かわからなくなるという映画はよくある。しかし、この作品はその感覚を観る側にも共有体験させてしまうから恐ろしい。現実と虚構が入り乱れる話は「パーフェクトブルー」「千年女優」でも描かれており、この辺は今敏監督ならではの演出だ。

 ただ悪夢を描く話だったり、夢と現実の境目がなくなる恐怖を描くだけだとしたら、とりわけ監督は今敏氏でなくともよかっただろう。監督自身が大幅に脚色しているとはいえ、魅力的なストーリーは原作に依るところが大きい。

 しかし、この映画の監督が今敏氏ではくてはならない理由は、その映像表現にある。実写には実写にしかできない表現があるように、アニメにはアニメにしかできない表現がある。今敏氏は映像化困難と言われる原作を確信犯的に選択し、アニメーションでなければ描けない手法を持って、“アニメならではの映像”を追求している世界でも稀有なクリエイターだ。

 今敏氏とマッドハウスが描く映像は2.5D。3Dで描けるところも、あえて平面に見える(間をとる)2.5Dに加工している。これは「東京ゴッドファーザーズ」でも見られるが、この夢と現実の境目がわからなくなるという「パプリカ」においては重要な役割を果たしている。

観る者の神経をかき乱す斬新な映像エフェクト

 続いてアニメならではの映像エフェクト。全編に渡っていくつも見られるが、その中でも印象的なシーンを4つ。

 1つは、廊下が歪むシーン。曲がってはいけないものを曲げてしまうのが好きという監督のアイデアで、グニョグニョ波打つように歪む廊下(2D背景)を、3Dのキャラが走り抜ける。何ら変哲もない日常風景の夢に“不安”という要素を視覚的に表現する。

 続いて理事長の脚が木の幹となり、水のようにパプリカに迫ってくるシーン。木の幹という固形の物が、形を残しながらも洪水のように迫り来る。不気味な印象を与えると同時に、スリル溢れるアクション・シーンとしても効果大。

 そして風景がひび割れる映像。「現実に夢が混入してくる」という形而上的な観念を見事に映像化。現実世界が外側から破られ、夢が入り込んでくるという映像は、CGを使った実写でも表現できないだろう。

 極めつけは悪夢として描かれるパレードの映像だ。このシーンを観るだけでもこの作品を観る価値があると言っても過言ではない。冷蔵庫やステレオなどの捨てられた家電製品がまるで人のように踊り狂ってパレードする。観るもおぞましく、そこにかぶさる平沢進氏の音楽もまた絶妙。凡人では絶対に思いつけないぶっ飛んだイマジネーションとアニメならではの斬新な表現で観る者の神経をかき乱す。

 以上の4つのエピソードはすべて原作になく、今敏監督による全くのオリジナル。作家・筒井康隆が文学というメディアでしかできなかった言葉遊びを、今敏監督はアニメでしかできない映像遊びで挑戦しているようだ。

病的だけど魅力的な色の洪水

  「パプリカ」とは原作と同じタイトルでヒロインの名前だが、この映画においてこのタイトルが原作以上に意味を持つように思える。野菜のパプリカというのは一見鮮やかだが、その鮮やかすぎる色がどこか不気味な印象も与える。この作品も色の洪水と言える映像が美しくもどこか病的なイメージを与える。その逆もまた然り。先の狂気にしか思えないパレードが、どこか美しく見える錯覚。夢と現実、自我と無意識、天才と凡人など、相反するモチーフを表裏一体に描くというテーマも持ち合わせている。やはり観れば観るほど奥深い。

 残念ながらアカデミー賞は動き出さなかったが、先の日米アニメーションの差でいうと、ハリウッドのアニメは3DCGが全盛。しかもそのどれもが動物を主役にした作品ばかり。動物園のライオンが都会の“ジャングル”に迷い込むという似たようなストーリーの映画が立て続けに公開されている。子供だましにもほどがある、そんなハリウッドからしてみれば、今敏監督のアニメが異次元の世界で達観しているように見えたのだろう。

音声解説から新しい解釈を紐解く

 夢を題材にしているためストーリーも至極難解だ。一度観ただけで理解できるとは思えないし、観れば観るほど印象も変わってくるから面白い。劇場で理解できなかった人には、特典にある今敏監督と平沢進による音声解説がおすすめだ。劇中に登場する「スフィンクスとオイディプス」の絵画や、「しゃべりかける人形はブレードランナーのセバスチャン」、「ライティングにおける才能の表現」など、新しい発見と新しい解釈を与えてくれる。おまけに世界のクリエイター・今敏氏がそんな細かい作業を自分でやっているかよというツッコミもできます。

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